居住空間の都市化が進むにつれ、虫たちの存在がどんどん遠いものになっています。

これでは虫嫌いになる人が続出しても仕方ないでしょう。

しかし、虫が地球からいなくなってしまうと、私たちは生きていけません。

彼らは受粉を媒介することで、世界中の植物を繁殖してくれています。

そして、人の役に立っているにもかかわらず、まったく名の売れていない虫が「寄生バチ」です。

寄生バチは「イモムシに寄生するおぞましいヤツ」というレッテルを貼られがちですが、それだけでは悪評が広がるばかり。

実は、彼らには数千万人の命を救った立派な功績があるのです。

それを詳しく見ていきましょう。

目次

  1. 悪魔か、救世主か
  2. 農薬に比べてメリットだらけ

悪魔か、救世主か

寄生バチは主に、コバチ科・ツチバチ科・コマユバチ科・ヒメバチ科に分かれ、種類も豊富に存在します。

寄生バチのメスは、蛾や甲虫のイモムシに産卵管を刺して卵を産み付けます。

その中で孵化した子どもたちは、宿主となったイモムシを内側から食いあさり、成長のための養分とします。

宿主は大抵、殺されてしまいますが、中には、毒針を打ち込んで「ゾンビ化」させ、子どもたちのゆりかごにする寄生バチもいます。

彼らの残酷なふるまいを見て、かの有名なチャールズ・ダーウィンは、次のような言葉を残しました。

「慈悲深き全能の神が、イモムシの体を貪り食うことを意図して、寄生バチを創造したとは、私には納得できない」

※こちらの動画は、寄生バチのライフサイクルを写した映像です。虫が苦手な方、お食事中の方は、閲覧にご注意ください。

確かに、寄生されるイモムシからすれば、寄生バチは悪魔以外の何モノでもないでしょう。

しかし、彼らは私たち人間からすると、救世主でもあるのです。

害虫に寄生して、2000万人の命を救った

1970年代、ブラジルからの外来種として、キャッサバ・コナカイガラムシ(学名:Phenacoccus manihoti)という作物害虫が、アフリカに侵入しました。

この虫はキャッサバ畑に急速に広がり、80%もの作物損失をもたらしたのです。

キャッサバは干ばつに強いため、地元民の主食となっており、タピオカの原料としても使われています。

この被害で約2億人の食生活を脅かしました。

ダーウィンもドン引きの寄生バチは2000万人もの命を救っていた
(画像=キャッサバはタピオカの原料としても使われている / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

ところが、現地で調査をしていたスイスの昆虫学者、ハンス・ルドルフ・ヘレン(Hans Rudolf Herren)氏が、コナカイガラムシに寄生するハチを見つけたのです。

そこでヘレン氏は、この寄生バチを繁殖し、実験資金を募ったあと、飛行機を購入して、作物被害を受けている地域に寄生バチの繭(まゆ)を空輸したり、地上に放ったりしました。

放たれた寄生バチは自力でコロニーを拡大し、数年かけてコナカイガラムシの数を管理可能なレベルまで減らすことに成功したのです。

この取り組みにより、推定2000万人の命と数十億個の作物が救われ、農薬の使用も回避することができました。

ヘレンはこの功績により、1995年に世界食糧賞(World Food Prize)を受賞しています。

もしこの寄生バチの活躍がなければ、近年のタピオカブームもなかったかもしれません。

農薬に比べてメリットだらけ

寄生バチによる害虫駆除の成功例は、これだけではありません。

英名で「サムライバチ(samurai wasp)」と呼ばれる寄生バチは、アメリカ大陸において、農作物に害をなすクサギカメムシの”成敗”に成功しています。

ダーウィンもドン引きの寄生バチは2000万人もの命を救っていた
(画像=英名で「サムライバチ」と呼ばれる寄生バチの一種 / Credit: en.wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

他にも、歴史的建造物や遺物に被害を与える蛾を防ぐためにも、寄生バチが用いられています。

カナダでは、森林破壊の原因となっているアオナガタマムシを駆除する目的で、少なくとも4種の寄生バチが放たれました。

しかも、寄生バチに頼ることは、農薬や殺虫剤に比べて、メリットだらけなのです。

まず、農薬や殺虫剤は、人の手で散布しなければならないに対し、寄生バチは自力で繁殖し、害虫を狩ることができます。

また、害虫をピンポイント駆除できるので、農薬のように作物を傷めることもありません。

それから、農薬は繰り返し散布する必要がありますが、寄生バチは自然に世代交代をしてくれるので、一度放つだけで十分です。

さらに、寄生バチは約75万種いると推定され、ほとんどの害虫に対応できると考えられます。

あと大事なポイントですが、人を襲うこともありません。

ダーウィンもドン引きの寄生バチは2000万人もの命を救っていた
(画像=見た目もスタイリッシュでカッコいい / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

その一方で、懸念すべき問題がないわけではありません。

たとえば、害虫を退治するために、外来種の寄生バチを導入することがよくあります。

外来種が馴染みのない土地に入ってくることで、生態系のバランスを崩すおそれがあるのです。

寄生バチではまだ例が記録されていませんが、過去にオーストラリアで、害虫駆除のためにオオヒキガエルを導入しました。

当初の反応が上々だったのですが、毒を持つオオヒキガエルは、それをエサとする在来生物にとって致命的となったのです。

寄生バチにも宿主を麻痺させる毒があるので、それを食べる鳥に影響が出ないとも限りません。

しかし、生態系に害がないと確認できれば、これほど便利な害虫駆除はないでしょう。

彼らがいなければ、世界中の作物のいくつかは、害虫にやられて失くなっていたかもしれません。

参考文献
PARASITIC WASPS TURN OTHER INSECTS INTO ‘ZOMBIES,’ SAVING MILLIONS OF HUMANS ALONG THE WAY

提供元・ナゾロジー

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