落雷で死ぬというのはかなりまれな出来事という印象がありますが、実際世界では年間2万4000人以上の人が落雷で命を落としています。

もし誰も目撃者のいない遠隔地で、落雷による死亡があった場合、その死体は司法解剖されることになるでしょう。

しかし、その死体が山奥で白骨化していた場合、法医学は落雷が犯人だったと特定することができるのでしょうか?

南アフリカ共和国のウィットウォーターズランド大学(University of the Witwatersrand:ウィット大学)、英国ノーサンブリア大学(Northumbria University)の法医学研究グループは、落雷で死亡した際に、骨細胞に放射状の跡が残ることを発見したと報告しています。

この成果は、事故死と殺人事件を区別し、また落雷死の正確な件数を割り出すために役立ちます。

研究の詳細は、11月3日付で科学雑誌『Forensic Science International:Synergy』に掲載されています。

目次

  1. 死体は語る
  2. 落雷が刻む骨の損傷

死体は語る

落雷死は骨に法医学の証拠となる独特のパターンを残す
(画像=司法解剖などから異状死の死因の診断などを行う法医学 / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

科学捜査を主軸としたミステリードラマは、日本、海外を問わず人気ジャンルの1つです。

こうした作品がきっかけで、死体から事実関係を見つけ出す法医学に関心を持った人も多いのではないでしょうか。

法医学をテーマにした作品は、日本では古いものだと「きらきらひかる」、最近では「アンナチュラル」などのドラマが人気を博していました。

死体が発見されれば、それは何らかの死亡事件となりますが、事件に常に目撃者がいるわけではありません。

見つかった死体は事故で死んだのか? それとも殺人事件だったのか? これは事件捜査の最初の重要な判断になるでしょう。

法医学は、たとえ目撃者がいない事件でも、死体の状態からその人物に何が起きたのかを推理します。

死体には、専門家から見た場合に、数多くの死因につながる痕跡が残っているのです。

しかし、法医学の専門家が、物言わぬ死体からさまざまな事実を見つけ出せるのは、法医学研究がどんな死因ではどんな痕跡が残るかということを、少しずつ明らかにし、知識として蓄えてきたからです。

今回の研究を発表したのは、南アフリカ共和国の東大とでも言うべきウィット大学の法医学研究チームです。

アフリカでは、気候変動と共に落雷の発生件数が非常に増加しています。

これに伴い落雷による事故死の件数も増加していると推定されます。

落雷死は骨に法医学の証拠となる独特のパターンを残す
(画像=南アフリカ、ヨハネスブルグの落雷。アフリカでは気候変動で落雷発生率が増加している。 / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

けれど、アフリカの遠隔地で落雷に遭った場合、そこには目撃者もおらず、死体も長く発見されずに放置されることがあります。

死体が発見されたとき、それが落雷による事故死だったという事実は、皮膚の火傷痕や臓器のダメージから判定することが可能です。

しかし、それが白骨化していた場合、判断は極めて難しいものになります。

軟組織の失われた白骨死体から、死因が落雷によるものだったと判断する方法は、これまでのところ見つかっていませんでした。

今回の論文の種執筆者であるウィット大学解剖学部のニコラス・バッチ博士は次のように語ります。

「落雷による死亡者の特定は、通常、皮膚に残った痕跡や内臓の損傷から判断されます。

しかし体が分解され組織が失われれば、それは判断できなくなります。

私たちの研究は、乾いた骨しか残っていなかったときに、人間の骨格の奥深くに残された雷による損傷を特定する最初の研究です。

これにより、死体が偶発的な事故で亡くなったのか、殺人事件だったのか識別できるのです」

ではこの研究によって、どうやって骨だけで落雷にあったことを判断できるようになったのでしょうか?

落雷が刻む骨の損傷

実際、自然の雷を死体に落とすことは難しいため、研究チームは、実験室で人工的な雷を発生させ、それを研究用に寄贈された自然死による死体から取り出した、人間の骨にぶつけてみました。

落雷死は骨に法医学の証拠となる独特のパターンを残す
(画像=実験室で発生させた雷を実際に人骨にぶつけている様子 / Credit:Making artificial lightning in the lab/Pat Randolph-Quinney – Forensic and Palaeoscience、『ナゾロジー』より引用)

こうして実際提供された死体を使って実験していくことで、法医学の知識は蓄積されていきます。

実験室では、最大1万アンペアの高インパルス電流を発生させる装置を使用して、雷が骨格を通過する効果を模倣しました。

この結果わかったのは、短時間の雷電流によって引き起こされる、独特の骨の損傷パターンでした。

研究チームの1人、ウィッツ大学のパトリック・ランドルフ=キニー(Patrick Randolph-Quinney)博士は結果について次のように説明します。

「高倍率の顕微鏡を使って、雷電流の通過による骨内部に微小な亀裂パターンが刻まれることを確認しました。

これは、骨細胞の中心から放射状に広がるひび割れや、細胞の集まりの間を不規則に飛び跳ねるひび割れとして見ることができます。

損傷の全体的なパターンは、家事で焼かれたときなどの高エネルギーの外傷と比べ、非常に異なっているように見えます」

落雷死は骨に法医学の証拠となる独特のパターンを残す
(画像=人間の骨に雷レベルの電流を流した際に残る、独特の亀裂パターン / Credit:Nicholas Bacci et al.,Forensic Science International: Synergy(2021)、『ナゾロジー』より引用)

実はこうした骨の損傷パターンは、落雷にあった野生のキリンからも発見されていました。

ただ、キリンの場合はパターンは似ていますが、骨の微細構造が人間とは異なっているため、全体的に不規則な微小骨折がたくさん発生していました。

落雷死は骨に法医学の証拠となる独特のパターンを残す
(画像=落雷で死んだキリンの骨。人間と同じパターンだが微小骨折が多い。 / Credit:Nicholas Bacci et al.,Forensic Science International: Synergy(2021)、『ナゾロジー』より引用)

このことは、骨密度によって損傷の仕方が異なってくることを示しています。

人間の場合、40歳を超えると年齢とともに骨がよりもろくなっていくため、キリンと同じ様に落雷に遭った場合、微小骨折の量も多くなる可能性があるのです。

雷の専門家は、こうした現象を圧外傷と呼んでいて、電気エネルギーが骨の内部を通過するとき文字通り後発の衝撃波を生成します。

これにより骨細胞を吹き飛ばしているのです。

また骨の有機部分であるコラーゲンは、繊維またはフィブリルとして配置されていて、これらのフィブリルは、電流が流れると再配列し、骨の鉱化および結晶化した成分に応力が蓄積し、変形やひび割れを引き起こすのだと、研究者は説明しています。

こうした痕跡はマイクロCT撮影などで発見することができ、ここからこのパターンが見つからない謎の死体については、殺人事件やその他の可能性を模索することができるのです。

犯罪や落雷の多い南アフリカ共和国ならではの研究報告ですが、これは日本の山奥で白骨死体が見つかった場合、それが落雷にあった不運な登山者だったのか、なんらかの事件に巻き込まれたのかなど、法医学的に判断する際にも役立つことになるでしょう。

参考文献
Harnessing Thor’s hammer
Lightning Strikes Carve a Deadly Signature Deep Inside The Bones, Scientists Discover

元論文
Harnessing Thor’s Hammer: Experimentally induced lightning trauma to human bone by high impulse current

提供元・ナゾロジー

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