サルモネラ菌や大腸菌などのグラム陰性菌の表面には、強靭なタンパク質の外膜があり、これが抗生物質などの薬剤の侵入を妨げています。

しかし、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などの研究チームは、これまでにないほど鮮明に生きた大腸菌の表面を撮影することに成功し、そこからこの外膜のバリアが均一でないことを発見したと報告しています。

研究によると、菌の保護外膜にはタンパク質の薄くなった穴があり、これが薬剤に対する脆弱性になる可能性があるようです。

研究の詳細は、科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』にて公開される予定です。

目次

  1. 細菌が手強い理由
  2. 細菌のバリアは実は穴だらけだった

細菌が手強い理由

今回の研究はグラム陰性菌の表面膜に脆弱性を見つけた、ということを報告しています。

グラム陰性菌とは、グラム染色で紫色に染まらない菌のことをいいます。

グラム染色は、1884年にデンマークの学者ハンス・グラムが考案したもので、細菌を大きく2種類に分類する方法です。

細菌を移した画像で、下のような紫色に染まったものを見た覚えはないでしょうか?

細菌の「薬剤バリア」は穴だらけだったと鮮明な画像から明らかに
(画像=グラム染色の例 / Credit:ヤクルト中央研究所,グラム陽性(陰性)菌、『ナゾロジー』より 引用)

この染色法で紫色に染まっている菌をグラム陽性菌、紫に染まらずその後の処理で赤く見えるようになるのがグラム陰性菌と呼びます。

それぞれの代表的な菌としては、乳酸菌やビフィズス菌、耐性黄色ブドウ球菌などがグラム陽性菌、大腸菌やサルモネラ菌はグラム陰性菌です。

そしてグラム陰性菌は、強靭な外膜を持っていて、ある種の薬剤や抗生物質が細胞内に侵入するのを防いでいます。

そのため、このような細菌はグラム陽性菌よりも脅威であると考えられているのです。

研究著者の1人であるUCLのバート・ホーゲンブーム(Bart W. Hoogenboom)教授は、次のように語ります。

「外膜は抗生物質に対する手強い障壁です。

感染性の細菌を治療する際、細菌の持つこの耐性は重要な要素となります。

しかし、このバリアがどのように形成されているかは、あまりよくわかっていません。

そのため今回、このような詳細な調査を行ったのです」

今回の研究では、原子間力顕微鏡(AFM)を使用して、細菌の表面のタンパク質を詳細に画像化しています。

原子間力顕微鏡とは、非常に小さい針で物質の表面をなぞることで、物体の輪郭を取得し画像化する装置です。

この針の先端の幅は数ナノメートル(人間の髪の毛の太さの約1万分の1未満)しかないので、細菌の表面にある分子構造も可視化することができます。

こうして調べられた細菌の表面構造は、科学者も予測していなかった意外なものだったのです。

細菌のバリアは実は穴だらけだった

驚いたことに、画像化された細菌の表面には、タンパク質が含まれていない穴がびっしり並んでいたのです。

細菌の「薬剤バリア」は穴だらけだったと鮮明な画像から明らかに
(画像=原子間力顕微鏡による生きた大腸菌の表面画像。タンパク質ない領域が多数存在していることがわかる。 / Credit:Benn et al. UCL、『ナゾロジー』より 引用)

これは、細菌の外膜について現在記されいる教科書の内容とは異なる状態です。

現在の教科書の画像は、細菌の外膜でタンパク質が無秩序に分布しているように表現されていて、他の構成要素とよく混ざっているように見えます。

しかし、今回の画像ではそうした状態ではなく、ちょうど油から水が分離するように、タンパク質の多いネットワークから分離した脂質パッチがあり、細菌のバリアに穴が空いていることがわかったのです。

また、突然変異によって膜の一部が裏返しになったときは、通常グラム陽性菌に対してのみ有効な抗生物質バシトラシンが、グラム陰性菌にも有効になることも確認されたのです。

では、なぜ細菌はそんな穴だらけのバリアを使っているのでしょうか?

大腸菌などの一般的な細菌は、好ましい条件下でなら20分ほどで大きさが2倍になって分裂します。

このような早い成長に、タンパク質のネットワークは追いつけず、そのためこのようなバリアの穴が生じている可能性があると、研究者は考えています。

細菌の表面は、タンパク質のバリア以外の部分は、糖脂質によって覆われていました。

糖脂質の方がタンパク質のネットワークより伸縮性が高いため、細菌の成長に適応しやすかったのでしょう。

今回の研究では、まだこうした新しい細菌の構造が、感染症の治療などでどう役立つかはわかっていません。

しかし、これが薬剤に対する細菌の脆弱性となる可能性はあり、今後の薬剤による治療に対して新しい方法を見つけるきっかけになるかもしれません。


参考文献 Sharpest images ever reveal the patchy face of living bacteria

元論文 Phase separation in the outer membrane of Escherichia coli


提供元・ナゾロジー

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