がん細胞はマクロファージを悪落ちさせられるようです。

スイスのローザンヌ大学で行われた研究によれば、がん細胞が免疫細胞の1つであるマクロファージを「調教」して隷属させる手口が判明した、とのこと。

がん細胞の調教を受けたマクロファージは、がん細胞を殺す役目を忘れ、がん細胞のために尽くすようになってしまう「裏切り」を起こしますが、その仕組みは謎でした。

いったいどうやって、がん細胞はマクロファージを隷属させていたのでしょうか?

研究内容の詳細は10月22日に『Nature Immunology』に掲載されています。

目次

  1. がん細胞が免疫細胞を悪落ちさせる方法が判明! 隷属のマクロファージ
  2. 悪落ちしたマクロファージを戻すための分子経路

がん細胞が免疫細胞を悪落ちさせる方法が判明! 隷属のマクロファージ

がん細胞が免疫細胞を悪落ちさせる方法が判明!
(画像=がん細胞が免疫細胞を悪落ちさせる方法が判明! 隷属のマクロファージ / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

私たちの体では、1日に5000個あまりのがん細胞がうまれています。

にもかかわらず、私たちが直ぐにがんにならないのは、免疫細胞たちが発生したがん細胞を即座に殺してくれるからです。

ですが、不幸にしてがん細胞が増殖して免疫から隠れるようになると、免疫細胞は十分な攻撃力を発揮できなくなってしまいます。

さらに厄介なことに、がん細胞には、腫瘍の内部に攻め込んだマクロファージを「調教」して隷属させ、がん細胞に有利に働くように作り変えてしまいます。

本来、がん細胞と戦うはずだったマクロファージの裏切りによって、がん細胞の増殖力は勢いを増し、患者たちの生存率は低下していきます。

そこで今回、ローザンヌ大学の研究者たちは、このがん細胞が行う「調教」の仕組みを解明する試みに挑みました。

研究者たちは、マウスの体内で正義のマクロファージが悪のマクロファージへと堕ちていく過程をつぶさに観察。

論文の第一著者であるディコンザ氏も「私たちは、マクロファージに悪者になるように指示する仕組みを探索した」と述べています。

結果、腫瘍内部で生産される脂質の一種である「β‐グルコシルセラミド」が正義のマクロファージの受容体に結合することが、堕落の第一歩であると判明。

腫瘍が生産した脂質が受容体に結合すると、マクロファージは激しいストレスに見舞われます。

また激しいストレスは正義のマクロファージ内部で働く遺伝子を変化させ、悪への形質転換が起こることが示されました。

どうやら腫瘍は内部にマクロファージを堕落させるための脂質をため込み、マクロファージがやってくるのを待ち構えていたようです。

研究者たちが腫瘍の生産する堕落物質(β‐グルコシルセラミド)の生産を抑制したり、β‐グルコシルセラミドが結合するマクロファージの受容体(ミンクル)を塞いで防御した場合、マクロファージの悪落ちが回避されることが示されました。

がん細胞が免疫細胞を調教して自分の利益になるように隷属させるメカニズムが、ここまで詳細に解明されたのは、世界ではじめてです。

ですがより興味深いのは、堕落してがん細胞の手先になったマクロファージを、元のがんと闘う正義のマクロファージに戻すのに役立つ希望も、みつかった点にあります。

悪落ちしたマクロファージを戻すための分子経路

がん細胞が免疫細胞を悪落ちさせる方法が判明!
(画像=悪落ちしたマクロファージを戻すための分子経路 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

堕落してがん細胞を助けるようになったマクロファージをどうやって戻すのか?

研究者たちは腫瘍がマクロファージに与えるストレスの詳細を分析。

結果、マクロファージが堕落するには「XBP1」というタンパク質がマクロファージの免疫細胞としての力を弱める必要であることが判明します。

ただXBR1だけではマクロファージを堕落させるには不十分であり、マクロファージの遺伝子を直接操作するSATA3というタンパク質と一緒に働く必要がありました。

まとめると、マクロファージが悪者になるには、最初に腫瘍が生産する堕落物質をマクロファージに結合させて激しいストレスを起こし、免疫細胞としての力を弱めるXBR1と免疫細胞としての性質を変質させるSATA3という2つの経路がはたらく必要があったのです。

そこで研究者たちは、マクロファージの力を弱めるXRP1の遺伝子を除去してみました。

するとマクロファージの悪落ちが大幅に回避され、腫瘍全体の成長が遅くなることが明らかになります。

マクロファージにストレスを与える堕落物質、マクロファージの力を弱めるXBP1、マクロファージの性質を変化させるSATA3といった悪落ちのメカニズム発見されたことで、今後はこれらのプロセスを遅くしたり、逆転させる薬(いわゆる浄化薬)の開発につながるでしょう。


参考文献

How cancer cells engineer macrophages to support cancer growth

元論文

Tumor-induced reshuffling of lipid composition on the endoplasmic reticulum membrane sustains macrophage survival and pro-tumorigenic activity


提供元・ナゾロジー

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