がん消滅の秘訣は「半殺し」にありました。

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で行われた研究によれば、マウスの体から切り取った、がん細胞のDNAをズタズタにして(半殺しにして)、再び腫瘍に戻したところ、免疫療法の治療効果が大幅に上昇したとのこと。

新たに開発された「半殺し」法は、黒色腫と乳がんに対しても効果を発揮し、免疫療法の併用によってマウスの40%において腫瘍が完全に消滅しました。

しかし、いったいどうして一部の細胞を「半殺し」にして戻すだけで、免疫システムは腫瘍全体を攻撃し始めたのでしょうか?

研究内容の詳細は10月19日に『Science Signaling』に公開されています。

目次

  1. 「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!
  2. がん細胞の半殺し信号を認識するには免疫力のブーストが不可欠

「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!

「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!
(画像=回復不可能なDNAの損傷を負ったがん細胞を腫瘍に入れると免疫療法が上手くいくと判明します / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)
「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!
(画像=マウスの腫瘍からがん細胞を採取して化学薬品でDNAをズタズタにして再び腫瘍に戻します / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)
「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!
(画像=DNAがズタズタになったがん細胞は介錯を求める信号を発しはじめると、免疫療法でガンギマリになった免疫細胞は腫瘍全体を攻撃することができるようになります / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)
「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!
(画像=結果、40%で腫瘍が完全に消滅するという素晴らしい結果が得られました。免疫療法と半殺し法の組み合わせは未来のがん治療におけるスタンダードになるかもしれません / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

免疫細胞の力を強化して、がん細胞を殺そうとする免疫療法は、がん治療において画期的なアプローチでした(※オプシーボなど)。

しかし残念なことに免疫療法は完全ではなく、がん患者全体の13%未満にしか効果がありませんでした(がんの種類により最低5%~最高30%)。

効果が限られている原因は、免疫細胞を十分に活性化させることができなかったことにあります。

そこで今回、MITの研究者たちは、がんになったマウスから腫瘍の一部を取り出して化学薬品で「半殺し」にし、改めてマウスの腫瘍に戻すという方法を、免疫療法と組み合わせることにしました。

健康な細胞は回復の見込みがないほど大きく損傷すると、がん化など深刻なエラーを起こす前に、免疫システムに対して自らの「介錯」を求める信号を発します(※ここで言う「介錯」はアポトーシスの一種です。回復の見込みのない細胞は自ら信号を送って免疫細胞に殺されようとします)。

がん細胞にもこの「介錯」を求める仕組みが残っていた場合、免疫細胞に介錯信号を認識させることで、がん治療に役立つ可能性があったからです。

研究者たちは早速、マウスから摘出した腫瘍に対して、さまざまな化学薬品をふりかけて「半殺し」にした後、マウスの体内に戻して免疫療法の有効性を試す、という手順を繰り返しました。

結果、DNAに損傷を与える化学薬品で「半殺し」にした場合に、もっとも免疫療法の効果があがることが判明。

黒色腫と乳がんになっていたマウスの40%において、腫瘍が完全に消滅させることに成功します。

DNAをズタズタにされ「半殺し」となったがん細胞は、腫瘍に戻された後も免疫細胞に自らの「介錯」を求める信号を発し続けており、免疫細胞は半殺しになったがん細胞だけでなく「腫瘍全体を介錯の対象」と認識して攻撃をはじめられたからです。

どうやら細胞には、がん化して変わり果てた姿になっても、正常な細胞だった頃の介錯誘引システム(ある意味では良心と言える)を残していたようです。

がん細胞の半殺し信号を認識するには免疫力のブーストが不可欠

「半殺し」にしたがん細胞を体に戻すと免疫療法が上手くいくと判明!
(画像=がん細胞の半殺し信号を認識するには免疫力のブーストが不可欠 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、DNAを損傷させたがん細胞を腫瘍に移植することで、免疫療法の成功率が劇的に上がることが示されました。

がん化した細胞にも異常化を防ぐ最後の手段としての介錯誘引システムが残っており、腫瘍に移植されることで、腫瘍全体を免疫細胞の攻撃ターゲットにできたのです。

また追加の実験で、半殺しにしたがん細胞をマウス体内の腫瘍本体に戻すだけでは、治療効果がないことが判明します。

免疫療法によって免疫力がブーストされた状態でなければ、半殺しにされたがん細胞が発する「介錯」を求める信号を、免疫細胞が感知できなかったからです。

さらに興味深いことに、半殺しにされたがん細胞は、半殺しにされたウイルス同様にワクチンとして働くことも判明します(※新型コロナウイルスのmRNAワクチンは弱らせたウイルスではなくmRNA(核酸)が主成分です)。

研究者が数ヶ月後にがんが完治したマウスに、がん細胞を注射したとき、マウスの免疫細胞は侵入してきたがん細胞を認識し、新しい腫瘍を形成する前に破壊することに成功したのです。

研究者たちは今後、DNA損傷をともなうがん細胞の半殺し法を、免疫療法が上手くいかなかった人間の患者にも試してみたいと考えています。

上手くいけば、免疫療法の有効率を劇的に向上させ、がんの完治や予防につながるかもしれません。


参考文献

Chemotherapy-Injured Tumor Cells Boost Anticancer Effectiveness of Immune Checkpoint Inhibition

New cancer treatment may reawaken the immune system

元論文

The injury response to DNA damage in live tumor cells promotes antitumor immunity


提供元・ナゾロジー

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