日本における近年の転職者数は年間で約300万人を超えており、1990年と比べると100万人ほど増加した。米国と比べればまだ少ないが、終身雇用を当然視する風潮は徐々に変化しており、転職が身近なものになりつつある。

転職市場は、労働者や企業に対して、好条件の職場や人材をマッチングする役割を担う。市場が厚みを増すほど、生産性の高い企業や産業へ多くの労働力が円滑に移動し、経済全体の成長力を高める。わが国でも、コロナ前の景気回復期には、転職者が多く流入した産業ほど経済成長率が高いという関係が明白であった(図表1)。2010年代の経済を牽引した建設や医療といった産業では、多くの労働力が卸小売業や対面サービス業(飲食、宿泊など)などからの転職者で賄われ、成長力の押し上げに貢献してきた。

このような産業をまたぐ転職は、コロナ禍でも有効に機能している。昨年からの感染拡大の影響で、対面サービス業がこれまでに例のない苦境に陥っている。多くの企業が休業や時短を強いられており、転職を希望する労働者が増加した。総務省「労働力調査(詳細集計)」によると、今年3月までの1年間で、対面サービス業に従事していた労働者のうち46万人が転職した(図表2)。このうち同じ産業にとどまった労働者は14万人のみで、残りの32万人が小売業など他の産業へ転職した。転職できずに失業した労働者は14万人と19年から6万人増加したにすぎず、この増加分による失業率の押し上げ幅は0.1%にも満たない。他の産業への円滑な労働移動が、雇用情勢の悪化を抑制したと評価できる。

この背景には、対面サービス業以外のセクターでは、業績の回復が早く、雇用を吸収する余力があった点が指摘できる。さらに、対面サービス業の労働力は、パートやアルバイトを中心としている点も、他産業への転職が容易であった一因として挙げられる。

転職市場は、コロナ禍で雇用悪化を緩和する役割を果たした。コロナ後の経済では、経済成長を促進する役割が期待されよう。

コロナ禍の雇用悪化を和らげる転職市場
(画像=『きんざいOnline』より引用)
コロナ禍の雇用悪化を和らげる転職市場
(画像=『きんざいOnline』より引用)

文・日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター 副所長 / 西岡 慎一
提供元・きんざいOnline

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