「ピンチはチャンス!」などと言われる。逆境にある時の励ましの言葉と思われているが、これは誤りである。正しくは「弱者のピンチは、強者のチャンス!」なのである。そうしたことを強く感じさせるのがLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)及びその関連企業のこのコロナ禍での買収・投資の猛ラッシュである。ざっとこの2年ばかりの動きをまとめてみてその狙いを探った。
①2020年10月29日:「ティファニー(Tiffany)」のLVMH傘下入りがついに確定。買収価格引き下げで合意。
②2021年2月:LVMH系の投資会社2社Lキャタルトンとフィナンシエル アガシュが独「ビルケンシュトック(BIRKENSTOCK)」の過半数株式を買収。推定買収総額40億ユーロ(約520億円*)。
③2021年4月22日:「トッズ(TOD’S)」への出資比率を3.2%から10.0%へ引き上げ。
④2021年7月:Lキャタルトンが「エトロ(ETRO)」を買収。時価総額5億ユーロ(約650億円*)としてその60%の株式(買収総額390億円)と地元メディア。
⑤2021年7月:LVMHグループが傘下のイタリアメゾン「エミリオ・プッチ(EMILIO PUCCI)」の株保有比率を2000年の買収時の67%から100%へ。同メゾン創業家族から譲り受ける。
⑥2021年7月:元「セリーヌ(CELINE)」のフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)が2022年1月頃に新ブランド発表。その新会社の過半数株式はフィービー・ファイロが保有し、LVMHが新会社の少数株主になる。
⑦2021年7月:LVMHが「オフ-ホワイト(Off-White)」買収しヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)と新規ブランド立ち上げへ。「オフ-ホワイト c/o ヴァージル・アブロー」を保有するoff-white LLCの株式60%をLVMHがファーフェッチ傘下のニューガーズグループから買収し、残り60%はアブローが保有。off-white LLCは2019年8月にファーフェッチに6億7500万ドルで買収されている。
①の「ティファニー」買収は2019年にすでに発表されていたが、コロナ禍で交渉が暗礁に乗り上げたが、結局買収価格を下げることで決着。ブランドとして先細りを危惧するティファニー側がLVMHに話を持ちかけたのが発端ではないかと見られる。LVMHにとっては、宝飾ビジネスのビッグブランド獲得と同時にダナ キャラン社売却後のアメリカ戦略の橋頭堡にもなる。
②ラグジュアリーブランドとは言えないドイツのフットウェアブランド「ビルケンシュトック」への投資は意外だ。これを生まれ変わらせることができるという考えなのか。
③ラグジュアリーブランドではあるが経営がうまくいっているとは言い難い「トッズ」出資比率アップはLVMHの総帥ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)の盟友であるディエゴ・デッラ・ヴァッレ(Diego Della Valle)への助け船的に語られるが、アルノー総帥はそんな甘い経営者ではない。
④これもラグジュアリーブランドになりきれず、今ひとつパッとしない「エトロ」への投資。キーン・エトロやヴェロニカ・エトロは「ファッション」に寄りすぎていて、ラグジュアリーブランドとは何かを知らなすぎるのだろう。LVMHの買収で方向性が一変する可能性がある。
⑤プッチ一族が金を欲しがったのか。これも低迷して深く潜行しているラグジュアリーブランドだ。最近「シュプリーム(SUPREME)」とのコラボ商品を見てその奇天烈さに驚いたが、100%株取得で売却を考えているのかもしれない。
⑥世界のデザイナーを見渡しても、ヒットを生み出せる予感が一番するのはフィービーだ
というのは衆目の一致するところ。会社設立を手助けして、このヒットメーカーを手なづけておこうという算段なのではないのか。なぜフィービーがLVMHのヒモ付きになったのかは大いに疑問。
⑦最新の買収だが、かなり深刻な経営危機に陥っている高級ブランドEC企業のファーフェッチが、LVMHにSOSを出したのではないだろうか。ファーフェッチは2019年の8月に6億7500万ドル(742億5000万円**)で買収したニューガーズグループをわずか2年でLVMHに売却したことになる。60%をLVMH、残り40%をアブローが保有しており、「ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)」メンズのアーティスティック・ディレクターであるアブローとの関係緊密化という狙いもある。LVMHが今最も重視しているデザイナーは、フィービーとアブローの2人ということなのだろう。さらに言えば、もうひとり、「ディオール(Dior)」のメンズアーディスティック・ディレクター(AD)にして、「フェンディ(FENDI)」のウィメンズのAD(2020年9月就任)でもあるキム・ジョーンズ(Kim Jones)というデザイナーもいる。キムにはLVMHは投資していないようだが。ともあれフィービーへの少数株式投資は大した金額ではないはずだが、アブローに関してはかなりの肩入れで、このストリート・ラグジュアリーの流れが当面続いていくとLVMHは確信しているようだ。
こんなふうに概観すると、LVMHがアフター・コロナを見据えた積極買収・積極投資を抜け目なく行っているのが手に取るように分かる。簡単に言うと、ラグジュアリーブランド・ビジネスの新たなネタ探しをしているように思われる。今のラインアップでは不安だということになのだろう。新たなスターブランド候補が上記ブランドの中にいそうである。
*1ユーロ=130円換算(2021年7月23日時点)
**1ドル=110円換算(2021年7月23日時点)
文・三浦彰/提供元・SEVENTIE TWO
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