伝統医学と最新科学が融合した抗がん剤が開発されました。
英国オックスフォード大学で行われた研究によれば、「冬虫夏草」に含まれる有効成分(コルジセピン)に、小分子を付着させる改造を行った結果、抗がん効果を最大で40倍に高めることに成功したとのこと。
研究は既に人間を対象にした第一層の臨床試験に入っており、安全性と抗がん効果の両方で、有望な結果が得られているようです。
東洋医学を最新科学で解明・改良する試みは、漢方薬に革命を起こすかもしれません。
冬虫夏草に含まれる有効成分を改良する
昆虫に寄生する真菌「冬虫夏草」は、その奇妙な見た目と珍しさから古代から現代に至るまで、貴重な霊薬として扱われています。
また近年の研究でも抗がん作用や抗炎症作用を持つ「コルジセピン」などの有望な成分が含まれることが判明しました。
しかし肝心の有効成分(コルジセピン)には1つ、大きな問題がありました。
コルジセピンに高い抗がん作用があるのは確かですが、人間の血中に存在する酵素(アデノシンデアミナーゼ:ADA)によって、わずか1.6分で半分が分解されてしまう(半減期になる)のです。
そのため単体での抗がん能力は限定的であり、西洋医学においてコルジセピンを、がん治療薬として用いることはありませんでした。
(※コルジセピンの分解を防ぐ薬と一緒に投与すると高い抗がん効果がみられましたが、人間の治療に用いるには副作用が大きすぎました)
そこで今回、オックスフォード大学の研究者たちは、コルジセピンに対して「分解から守る保護キャップ」となる小分子を付け加えることにしました。
分解を防ぐ薬が荒くれの傭兵ならば、保護キャップは鎧と言えるでしょう。
結果、保護キャップつきの改良コルジセピンはさまざまな、がん細胞株を「自殺(アポトーシス)」に追い込む能力が、保護キャップなしのものに比べて7~40倍高いことが実証されました。
また、がん細胞への侵入効率も大きく改善されていることも示されます(hENT依存的からHINT1依存的に変化)。
さらに改良コルジセピンが、がん細胞を殺すメカニズムを調べたところ、改良コルジセピンは細胞の生存と増殖に必要なシグナル伝達経路(NF – kB)を抑え込んでいることが明らかになりました。
これまでさまざまなシグナル伝達の阻害薬(NF – kB阻害薬)が開発されてきましたが、毒性が強く人間の治療薬としては採用されていません。
しかし改良コルジセピンはどういうわけか、毒性を発揮することなく、がん細胞のシグナル伝達(NF – kB)を妨害できているようです。
がん細胞のシグナル伝達(NF – kB)を妨害できる天然由来の薬剤成分は、クルクミンやレスベラトロールにも存在していることが知られています。
ただクルクミンやレスベラトロールの抗がん効果を証明するには技術的な課題も多く、今後の科学発展に期待するしかありません。
しかし、改良コルジセピンは違います。既に人間での使用も始まっているのです。
改良された有効成分は人間での臨床試験がはじまっている
オックスフォード大学の研究者たちは以前より、バイオ医薬品会社NuCanaとの共同研究を行っていました。
その結果、改良コルジセピン(NUC-7738)の抗がん効果はマウスなどの動物実験でも立証され、現在は人間を対象にした第一層臨床試験が始まっているとのこと。
さらに喜ばしいことに、安全性の確認がメインとなる第一層試験においても、薬剤に耐性のあるがん組織に対して、成長停止や縮小も報告されています。
なお今回の研究成果は、コルジセピンの改良結果について述べており、冬虫夏草やその他の生薬の効果を否定するものではありません。
重用なのは、東洋医学において長年用いられてきた薬が、最新科学によって新たな力を得つつあり「ネオ漢方薬」として医療現場で活躍する可能性があるという点です。
今回の研究により、冬虫夏草に含まれる薬効成分を改造することで、より効果の高い抗がん剤を開発することに成功しました。
改造によって、冬虫夏草に含まれるコルジセピンは分解されにくくなるだけでなく、がん細胞内部への浸透力も高まり、がん細胞の生存に必要なシグナルを断ち切って「自殺(アポトーシス)」を促すことが可能になります。
研究者たちは今後、コルジセピンに使われた化学修飾技術を、さまざまな薬物に適応していくとのこと。
分子・細胞レベルでの原理解明と改良が並行して行われることで、東洋医学が伝統から最新医学に飛躍する日が来るかもしれません。
提供元・ナゾロジー
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