ゲームや仕事、運動などに従事する人々はときに、時間を忘れて完全に没頭する経験をします。
この独特の精神状態を心理学では「ゾーンに入った」あるいは「フロー状態」と表現します。
米国カリフォルニア工科大学(Caltech)で行われた研究によれば、チーム全体がゾーンに入る「チームフロー」が起きているときに、特徴的に活性化する脳領域(中側頭皮質)を発見したとのこと。
チームフローが起きると、サッカーやバスケ、バンドの音楽演奏、会社でのチームプロジェクトなどのパフォーマンスが最高に達する可能性が高くなります。
チームが一体となっているとき、人間の脳では何が起きているのでしょうか?
研究内容の詳細は10月4日に『eNeuro』に掲載されています。
チームフローが発生するとチームのパフォーマンスが上昇する
人間が何かに没頭するとき、やる気や集中力について心配する必要はなります。
いわゆる「没頭」が起き、フロー状態に入ると、人間の脳ではドーパミンやアドレナリンといった報酬系や覚醒度を高める脳内物質が分泌され、時間を忘れてタスクに取り組むことが可能になるからです。
またそうした状態にあるときに行われるタスクのパフォーマンスは、通常時を遥かに上回る可能性が高くなります。
一方、このようなフロー状態はチームとして行動するときにも発生することが知られています。
チームフローが起こると、チームのパフォーマンスも限界を超えて上昇していき、チーム競技では勝利を、バンド演奏では伝説的なライブを、会社のチームプロジェクトでは大成功の要因となります。
しかし、個人で完結するソロフローと比べて、チームフローの調査は非常に困難でした。
バスケットボールの選手の頭に脳波測定装置をつけて、延々とプレーをしてもらったとしても、得られるのは選手ごとの主観(チームフローにあった、なかった)に依存した結果のみだからです。
そこで今回、カリフォルニア工科大学の研究者たちは、聴覚をもとにしたフローレベルの客観的な測定装置を開発しました。
フロー状態にある人間の脳は、雑音に対して耐性があり、タスク中に異音を聞かされても、聴覚の反応レベルが小さくなります。
一方で、フロー状態にない人間は異音に対して通常時と同じ反応レベルとなります。
つまりこの仕組みは、集中していると雨の音や工事の音が気にならない……という現象を尺度として利用したものになります。
研究者たちはこの測定法を使用しながら、被験者たちにタイミングに合わせてボタンを押す音楽ゲームを、2人1組で3つの条件のもと、やってもらいました。
1つ目の条件は、2人の間に壁を設置してソロフローは可能なもののチームフローが不可能な場合。
2つ目の条件は、プレイする音楽がときどき不協和音を発し、ソロフローもチームフローも不可能で、単純なチームワークのみが存在するもの。
3つ目の条件は、一切の制限なく、2人がチームフローを構築できる場合でした。
研究者たちはこれら3つの場合におかれた被験者たちの脳活動を測定して、ソロフロー・ただのチームワーク・チームフローの違いを調べました。
結果、チームフローが起きているときには、どの被験者の脳でも中側頭皮質でベータ波とガンマ波の特徴的な増加がみられることが発見されました。
中側頭皮質でのこれらの活動は、ソロフローや単純なチームワークではみられないパターンでした。
この結果は人間には、最高のチームを形成するための脳領域が、誰にでも生まれつき備わっていることを示します。
しかしより興味深い結果は、チームメイトどうしの脳活動を比較したときに明らかになりました。
チームフローは脳を同期させ超認知状態を作っている
研究者たちはチームフローにあるときの被験者たちの脳活動を測定・分析していたところ、奇妙な結果に気付きます。
チームフローが起きて、メンバーたちの脳の中側頭皮質でベータ波とガンマ波が発せられるようになると同時に、それら脳波の活動パターンがまるでタイミングを見計らったかのように、同じタイミングで変動していたのです。
2020年に行われた別のチームの研究では、脳の同期が強ければ強いほど、チームとしてのパフォーマンスが高くなり、この同期レベルをもとに、成功するチームを予測できるという可能も示されています。(Reinero et al., 2020)
これらの結果から研究者たちは、チームフローが起きているとき、脳の活動パターンも個人のレベルを超えて超認知状態になっていると結論付けます。
また脳の同期は集合的知性の尺度にもなりうるとのこと。
(※集合的知性とは個人の動きを超えて、集団そのものに知性があるようにみえる現象で、アリやハチなどでよく知られています)
神経科学にもとづいた人事ができるかもしれない
今回の研究により、チームフローが起こる時には中側頭皮質での脳活動の動機がメンバー同士の間で発生し、個人を超えた認知状態を形成している可能性が示されました。
脳と脳が同期によって接続できる場合、私たち「個人の意識」に対しても何らかの影響を及ぼす可能性があります。
研究者たちは今後、中側頭皮質の活動と同期レベルを調べることで、ある集団がチームとして成功しているかどうかの可能性を測定できるようになると考えています。
将来、チームフローの管理技術が発達すれば、メンバー選出時には個人のスキルや知識に加えて、チームフローレベルへの貢献度の観点も加えられ、神経科学に基づいた人事が実現するかもしれません。
参考文献
世界初、チームが「ゾーン」に入ったときの脳活動が明らかに!―チームフロー特有の神経活動の発見はチームパフォーマンスの予測と強化に適用できる―
Neuroscientists Claim to Have Pinpointed The Brain States Unique to ‘Team Flow’
Why Team Flow Is a Unique Brain State
元論文
Team flow is a unique brain state associated with enhanced information integration and inter-brain synchrony
提供元・ナゾロジー
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