スマートフォンの画面をバキバキに割ってしまったという悲しい思いをしたことのある人は多いでしょう。

ガラスはざまざまな面で優れた特性を持つ便利な素材ですが、衝撃に対する耐久性はなかなか解決できない欠点となっています。

そんな中、カナダのマギル大学( McGill University)の新しい研究は、貝殻の内側の層をヒントに、より強くて丈夫なガラスの開発に成功したと報告しています。

この新素材は、衝撃によって砕けることなくプラスチックのような弾力性を持っていて、将来的にはスマートフォンの画面などに利用される可能性があります。

研究の詳細は、9月10日付けで科学雑誌『Science』に掲載されています。

目次

  1. ガラスの強度を上げるには?
  2. 貝殻をヒントにした多層構造の新ガラス

ガラスの強度を上げるには?

ガラスは非常に優れた素材です。

古代ローマの政治家ペトロニウスは自著「サテュリコン」の中で、「ガラスは壊れやすいがゆえに安価だが、そうでなければ金よりも好ましい」と評しています。

そんなガラスの強度を上げるために、「焼き戻し」や「貼り合わせ」といった技術が存在しますが、いずれもコストがかかる方法で、表面が傷つくと機能しなくなるという問題があります。

しかし、新たな研究はそんなガラスの問題を克服することに成功したようです。

今回の研究を発表したカナダ・マギル大学バイオエンジニアリング学部のアレン・エーリッヒャー(Allen Ehrlicher)准教授は次のように語ります。

「これまでのガラスには、高強度、強靭性、透明度の間にトレードオフの関係があり、いずれかを上げると、いずれかは下がってしまいました。

しかし、私たちの新素材ガラスは、通常のガラスの3倍の強度と5倍以上の耐破壊性があります」

この新素材を生み出すヒントは自然の中にありました。

エーリッヒャー准教授が目をつけたのは、アワビなどの貝殻の内側に形成される真珠層だといいます。

貝殻の構造を利用した高強度の新ガラスが登場!割れないスマホ画面へ
(画像=アワビの内側で虹色の光沢を放つ真珠層は優れた構造を持っている / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

「自然は優れたデザインの達人です。

生物材料の構造と働きを理解すれば、新しい材料のインスピレーションが得られるだけでなく、ときにはその設計図を作成できます。

貝の真珠層は驚くべきことに、硬い素材の持つ剛性と柔らかい素材が持つ耐久性という両者の長所を同時に兼ね備えています」

研究チームは、この構造を利用して、新しいガラスを開発したのです。

貝殻をヒントにした多層構造の新ガラス

貝殻の真珠層は、硬いチョークのような物質と、弾力性のある柔らかいタンパク質が層になって形成されています。

この構造が優れた強度を生み出していて、構成する物質が持つ強度を3000倍も引き上げているのです。

研究チームは、貝殻が持つ真珠層の構造を、ガラスフレークとアクリルの層で再現し、非常に強い素材を簡単で安価に製造することに成功しました。

ただ、この段階で作られた新ガラスは不透明な素材でした。下の画像で左側に置かれているのがその最初の素材です。

貝殻の構造を利用した高強度の新ガラスが登場!割れないスマホ画面へ
(画像=画像の左が最初に作られた不透明素材。その後アクリルの屈折率を調整し右の透明な素材を開発した。 / Credit:McGill University,Unbreakable glass inspired by seashells(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

しかし、不透明なガラスでは使いみちが限られるため、チームはこの素材を透明にするために改良を行いました。

アクリルの屈折率を調整することで、ガラスとシームレスに混ざりあうようにし、新たに透明な複合材料となるようにしたのです。

それが画像で右側に置かれているガラスです。

貝殻の構造を利用した高強度の新ガラスが登場!割れないスマホ画面へ
(画像=A作成された新ガラス。B透明化させた新ガラスの構造。C貝殻の真珠像。D真珠層の構造。 / Credit:McGill University,Unbreakable glass inspired by seashells(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

これは作られたガラスと貝殻の真珠層の微細構造を示したものです。

自然が作る真珠層の構造の綺麗さにも驚きますが、この構造を真似ることで、硬さと同時に衝撃で壊れにくい柔軟性を持つガラスが作られたのです。

最初に紹介した古代ローマ時代には、実は非常に柔らかなガラスが存在したという伝説があります。

ペトロニウスの記録には、そのことが次のように語られています。

「ある職人がローマ皇帝ティベリウスに割れないガラスの杯を献上した。

試しに落としてみても、そのガラスの杯は割れることなく、凹んだだけだったので、職人はハンマーでその凹みを修繕した。

職人は製法を知るのは自分だけだと語ったため、皇帝はこのガラスの存在が金の価値を下げることを恐れ、この職人を処刑してしまった」

このことからフレキシブルガラス(柔軟なガラス)は、ローマ時代に失われた発明といわれています。

研究を発表したエーリッヒャー氏は、その逸話を引用して次のように話しています。

「ティベリウスの話を考えると、私たちの発明が、処刑ではなく論文発表へとつながったことを嬉しく思います」

参考文献
Unbreakable glass inspired by seashells
元論文
Centrifugation and index matching yield a strong and transparent bioinspired nacreous composite

提供元・ナゾロジー

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