古代ウイルスの遺伝子がワクチンになっている可能性があります。

豪ニューサウスウェールズ大学(UNSW)の研究者が発表した論文によれば、感染によってDNAに入り込んだ古代のウイルスの遺伝子断片が、宿主に対して免疫力を提供している可能性があるとのこと。

ウイルスの遺伝子をDNAに保持し、次の感染に備えるというメカニズムは、ワクチンに通じるものがあると言えます。

研究内容の詳細は9月2日に『Virus Evolution』にて掲載されています。

目次

  1. DNAに紛れ込んだウイルス痕跡はジャンクではなかった
  2. ウイルス痕跡はワクチンに似たメカニズムで免疫系を支えている可能性がある
  3. 人間にもウイルス痕跡を利用する能力があるかもしれない

DNAに紛れ込んだウイルス痕跡はジャンクではなかった

「祖先に感染したウイルス」は継承されて子孫にワクチンとして機能する可能性がある
(画像=DNAに紛れ込んだウイルス痕跡はジャンクではなかった / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

ウイルスには感染を引き起こすだけでなく、宿主の細胞に自らの遺伝子を紛れ込ませるという厄介な性質があります。

通常、ウイルス遺伝子の紛れ込みは感染した宿主に限定される現象ですが、生殖細胞に感染すると話が違ってきます。

生殖細胞にウイルスの遺伝子が紛れ込むと、その変化は子孫へと延々遺伝していくことになってしまうからです。

人間の場合も、長い進化の過程で数多くのウイルスの紛れ込みを経験しており、全ゲノムのおよそ7%が、紛れ込んだ古代ウイルスの痕跡(内在性ウイルス様配列)によって占められています。

これまでは、それら古代ウイルスの痕跡は、役に立たないジャンクDNAであると考えられていました。

しかし豪ニューサウスウェールズ大学の研究者たちが、有袋類のDNAに刻まれていたウイルス痕跡を調べていると、奇妙な事実に気が付きました。

ウイルスの痕跡に過ぎないはずの一部の配列が、複数の種で同じ配列のまま強固に維持されていたのです。

生物の遺伝子は生存に必須なものほど変わりにくく、役に立たないものは変りやすいという性質があります。

例えば、動物の体の前後を決める遺伝子は、あらゆる動物種で広く維持されています。

前後を決める遺伝子の損失は、動物の死を意味するために、変化がタイムスケールに比較して少なく抑えられているからです。

同様に、複数の種でウイルスの痕跡が維持されているという結果は、それら痕跡に過ぎない配列が、動物たちにとって変わってほしくない重要な意味を持っていることを示しています。

問題は、ウイルスの痕跡に、いったいどんな価値があったのかです。

ウイルス痕跡はワクチンに似たメカニズムで免疫系を支えている可能性がある

「祖先に感染したウイルス」は継承されて子孫にワクチンとして機能する可能性がある
(画像=ウイルス痕跡はワクチンに似たメカニズムで免疫系を支えている可能性がある / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

ウイルスの痕跡にいったいどんな価値があるのか?

研究者たちが有袋類たちの遺伝子を詳細に分析すると、驚きの事実がみえてきました。

有袋類たちのDNAに刻まれている古代ウイルスの痕跡の一部は、活発にRNA(ノンコーディングRNA)へと転写されていたのです。

ノンコーディングRNAはタンパク質を作ることはせずに、遺伝子の活性を調節したり免疫機能と一部としての役割を持っていることが知られています。

特にコアラにおいては、ウイルス痕跡が、複数の動植物で免疫機能の一部を担う、低分子RNA(siRNA・piRNA)へと転写されていることが判明します。

この結果は、古代ウイルスの痕跡に過ぎないと考えられていた配列が、現在生きている動物たちの体内で免疫機能などの、新たな役割を得て働いていることを示します。

論文の第一著者であるハーディング氏は、ウイルスの遺伝子を利用して免疫機能を高めるという点においては、ワクチンに似たメカニズムであると述べています。

さらに、遺伝子に取り込まれている情報は世代を超えて受け継がれるため、ウイルスの痕跡を維持することは、将来の感染に対する免疫力を高めるのに役立つ可能性があるとのこと。

人間にもウイルス痕跡を利用する能力があるかもしれない

「祖先に感染したウイルス」は継承されて子孫にワクチンとして機能する可能性がある
(画像=人間にもウイルス痕跡を利用する能力があるかもしれない / Credit:Canva、 『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、ウイルスの痕跡に過ぎないと考えられていた配列が遺伝子の活性機能の調節だけでなく、世代を超えたワクチンのような働きをする可能性が示されました。

有袋類の赤ちゃんは非常に未熟な状態で生まれてくるために、低分子RNAを利用したより原始的とも言える免疫システムも有用であると考えられます。

研究者たちは今後、人間を含む他の動物でもウイルス痕跡の役割を調べていきたいと考えています。

人間においても、ウイルスの痕跡が世代を超えたワクチンになる可能性があるならば、今後のワクチン開発にとって重要な意味を持つでしょう。

参考文献
Mammals Carry a Graveyard of Viruses in Our DNA, And It Could Have a Crucial Purpose
元論文
Ancient viral integrations in marsupials: a potential antiviral defence

提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功