自分の信条に偏った「マイサイドバイアス」が論理的思考を妨げることが明らかに
(画像=『ナゾロジー』より引用)

Point
・三段論法を用いた新しい研究で、自分の信条に偏った物の見方をする「マイサイドバイアス」が論理的思考を妨げることが明らかになった
・実際の社会生活で議論の対象になり賛否両論がある「人工妊娠中絶」に関連した三段論法を用いたことが、これまでの研究と異なる
・内在する価値観が、反対派の論理を見えなくさせることで、物事を客観的・論理的に捉えられなくなる

反対意見を持つ人に向かって、「もう少し別の見方をしてみて!」と説得を試みたことはありますか?特にネット上では、日夜こういった不毛な議論が繰り広げられていますが、大抵は「無駄な努力に終わった…」という場合がほとんどでしょう。

これまで数多くの心理学者が、「人が自分の価値観を守るよう強く動機付けられるのはなぜか?」を解明しようと試みてきました。このテーマの難しいところは、生活の中で実際に生じそうな議論を設定し、人々が賛成・反対する意見を公平に比較することです。

そこで、スロバキア科学アカデミーのウラジミラ・キャヴォホヴァ氏が率いる研究チームが新手法を用いた研究を行い、自分の信条に偏った物の見方をする「マイサイドバイアス」が論理的思考を妨げることを明らかにしました。

キャヴォホヴァ氏らは、人工妊娠中絶に関連した命題を含む三段論法を用いて人々の論理的思考力を調査。人工妊娠中絶という、実際によく議論の的になり、賛否両論ある話題を取り上げた点で、これまでの研究とは一線を画しています。研究結果は、Journal of Cognitive Psychologyに掲載されました。

My point is valid, yours is not: myside bias in reasoning about abortion

研究チームは、スロバキアとポーランドの被験者387名を対象に実験を行いました。まず最初に、被験者らは人工妊娠中絶に対する個人的な考えを評価されました。次に、被験者らは36種類の三段論法を提示され、3つ目の命題が、1つ目と2つ目の命題と論理的に一致するかどうかを回答するよう指示されました。下記がその例です。

ニュートラル

【正】 すべての大型犬は犬である。大型犬の中には黒いものもいる。ゆえに、黒いものの中には犬もいる。

【誤】 すべての大型犬は犬である。犬の中には黒いものもいる。ゆえに、黒いものの中には大型犬もいる。

プロライフ

【正】 すべての胎児は保護されるべきである。胎児の中には人間もいる。ゆえに、人間の中には保護されるべきものもいる。

【誤】 すべての胎児は人間である。人間の中には保護されるべきものもいる。ゆえに、保護されるべきものの中には胎児もいる。

プロチョイス

【正】 すべての女性の権利は守られるべきである。女性の権利の中には、妊娠中絶の権利もある。ゆえに、妊娠中絶の中には守られるべきものもある。

【誤】 妊娠中絶は女性の権利である。女性の権利の中には守られるべきものもある。ゆえに、守られるべきものの中には妊娠中絶の権利もある。

正解するには事前知識や信条を排除し、論理だけで思考を組み立てる必要があります。純粋な論理実験であることを強調するため、被験者らは1つ目と2つ目の命題が正しいと仮定した上で回答するように指示されました。

注目すべきは、これらの三段論法の中には、妊娠中絶とは関係ないニュートラルな命題だけではなく、プロライフ(「胎児の生命」を優先する立場)やプロチョイス(「母体の選択権」を優先する立場)の考え方に賛成・反対する命題も含まれていることです。

そして実験の結果、各被験者の人工妊娠中絶に対する個人的意見が、論理的推論の働きを妨げることが明らかになりました。キャヴォホヴァ氏らは、自分の信条と異なる正しい三段論法を受け入れることや、自分の信条と一致した誤った三段論法を否定することが、被験者にとって困難だったことが要因だと考えています。特に、プロライフの立場を取る被験者にはこの傾向が顕著に見られました。

また、「マイサイドバイアス」は事前訓練を受けた被験者により多く見られました。事前訓練を受けた被験者は、自分の信条と合致した三段論法をより強い自信をもって受け入れたのではないかと、研究チームは推測しています。

自分の信条に偏った「マイサイドバイアス」が論理的思考を妨げることが明らかに
(画像=Credit: Dakiny on Visual Hunt / CC BY-NC-ND、『ナゾロジー』より引用)

この研究は、私たちにとって物事や他人の意見を客観的に捉えることがいかに難しいかを物語っています。正誤の判断がつきにくい話題に関する議論がしばしば不毛に思えてしまうのも無理はありません。「私たちが元来持っている価値観が、反対派の論理が分からないように私たちの目を塞いでしまうのです」と、キャヴォホヴァ氏は説明しています。

他にも、脳が賛同する意見を事実として受け入れること、人が自分の知識を過剰評価すること、自分の考えを正しいと判断するバイアスを人が持つこと、信条に反する事実が現れた時に反証可能性のない議論に陥ること…など、客観的思考の困難さを示す研究には枚挙に暇がありません。

人間にとって、100パーセント論理的に考えることは不可能かもしれません。しかし逆に言えば、主観こそが人間を人間たらしめているという考えもあります。まずは、自分の「マイサイドバイアス」の存在を確認することが大切なのではないでしょうか。

提供元・ナゾロジー

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