ファイトプラズマ (Phytoplasma)という細菌は、植物に寄生することで様々な病気を引き起こします。

たとえば、植物の正常な繁殖・成長システムを破壊し、老化を遅らせることで、一種の「ゾンビ状態」にしてしまうのです。

これまで、こうした現象がどのようにして起こるのか、分子レベルではほぼ理解されていません。

しかし今回、ジョン・イネス・センター(John Innes Centre・英)の研究により、ファイトプラズマが植物を操作する化学メカニズムが解明されました。

同時に、その操作を抑止する方法まで見つかったとのことです。

研究は、9月17日付けで学術誌『Cell』に掲載されています。

目次

  1. 植物の老化が止まり、ゾンビと化す
  2. 乗っ取りのメカニズムと予防策を発見

植物の老化が止まり、ゾンビと化す

ファイトプラズマは、宿主となる植物の成長を再プログラムする能力を持つ植物病原細菌です。

寄生した作物を枯らしたり、萎縮させるほか、叢生(側枝が異常に生える症状)や葉化(花びらが葉に置きかわる症状)、てんぐ巣(側芽がひと所に異常発生する症状)を発症させます。

1000種以上の植物に寄生し、自生植物や農作物に大打撃を与える悪名高い細菌です。

寄生細菌が植物を「ゾンビ化」させるメカニズムを解明
(画像=てんぐ巣病にかかったヨーロッパダケカンバ / Credit: ja.wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

側枝や側芽が異常発生する原因は、ファイトプラズマが植物の重要な成長調節因子を破壊し、老化スピードを大幅に遅らせていることにあるとされます。

これにより、異常な成長が促され、枝や芽が大量に生え続けるというわけです。

植物はいわば、望んでもいない若さを与えられ、実際の年齢とは無関係に成長し続け、一種の「ゾンビ」と化すのです。

しかし、ファイトプラズマの操作を分子レベルで理解しなければ、ゾンビ化は止められません。

そこで研究チームは、モデル植物のシロイヌナズナを用いた遺伝学的・生化学的実験により、ファイトプラズマの働きを詳細に調べました。

乗っ取りのメカニズムと予防策を発見

本研究では、ファイトプラズマが持つ「SAP05」というタンパク質の働きに注目して、植物の分子機構の一部を操る様子を観察しました。

ここでの植物の分子機構は、プロテアソームと呼ばれる巨大な酵素複合体のことです。

プロテアソームは通常、植物の細胞内で要らなくなったタンパク質を分解する役割を担います。

最初に、不要になったり、劣化したタンパク質にユビキチンという小さなタンパク質が付き(タグ付け)、それを標的としてプロテアソームが分解および再利用を進めます。

これは、植物が成長や寿命を制御するための重要なシステムです。

ところが、観察をする中で、SAP05がこのプロセスを乗っ取り、ファイトプラズマが繁殖しやすいように再プログラムされることが分かりました。

寄生細菌が植物を「ゾンビ化」させるメカニズムを解明
(画像=ファイトプラズマにより過剰成長したシロイヌナズナ(左が6週、右が15週) / Credit: Saskia A. Hogenhout et al., Cell(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

興味深いことに、SAP05は、植物細胞内のタンパク質とプロテアソームの両方に直接結合していました。

この直接結合は、これまでに知られていないタンパク質の分解方法です。

普通、プロテアソームで分解されるタンパク質は、あらかじめユビキチンでタグ付けされますが、SAP05はそのような中間段階を必要としません。

またチームは、SAP05の標的となる植物のタンパク質は、ファイトプラズマを媒介する昆虫に存在するタンパク質に似ていることに気づきました。

そこで、SAP05が昆虫にも悪影響を与えるかを実験したところ、昆虫のタンパク質は、SAP05が作用できない構造になっており、異常は起きませんでした。

さらにチームは、本調査の中で、SAP05との相互作用に必要な2つのアミノ酸の特定に成功しています。

これら2つのアミノ酸を植物のタンパク質と置き換えてみた結果、SAP05によるタンパク質の分解が抑止され、病気の発生を予防できたのです。

この発見は、遺伝子編集技術などを用いて、作物中に2つのアミノ酸を置換することで、ファイトプラズマやSAP05に対する耐久性が得られるかもしれません。


参考文献

Microbial Molecule Turns Plants Into Zombies: The Curse That Might Contain a Cure

元論文

Parasitic modulation of host development by ubiquitin-independent protein degradation


提供元・ナゾロジー

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