情報や文化の広がりを生物の遺伝子になぞらえて「ミーム」と呼んだりしますが、実際流行のパターンを予測するのに、生物学的なモデルが役立つことが発見されました。

カナダのマックマスター大学(McMaster University)の研究チームは、ヒットソングは実際のウイルスの拡散に近い形でダウンロードされていると報告しています。

流行歌には、まさに宿主から宿主へと飛び移るウイルスと同じような感染力があったようです。

研究の詳細は、科学雑誌『Proceedings of the Royal Society A(英国王立協会紀要)』に9月22日付で掲載されています。

目次

  1. ヒットソングの流行とウイルス感染の類似性
  2. 歌とウイルスが似たように広がる理由

ヒットソングの流行とウイルス感染の類似性

ヒットソングの流行とウイルスの感染拡大は類似したパターンを持っている
(画像=歌のヒットチャートとウイルス感染症の蔓延には同じ数学モデルが適用できる可能性がある / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

「情報が持つ遺伝子」のような概念を、「ミーム」と呼びます。

これは文化や「流行り」の広がりと変化が、生物の遺伝的な継承と進化に似て見るというところから誕生した言葉です。

確かに、文化は好ましい部分が残り、そうでない部分は淘汰され、まるで生物のように徐々に進化をしていくように見えます。

ただ、これはあくまで比喩であって、文化や「流行り」のような形のないものに、遺伝子に当たるものがどのように含まれるかはよくわかりません。

しかし、この考え方は現実の現象と比較しても、間違ってはいなかったようです。

生物の世界には、遺伝子しか持たず、それをコピーして広がっていく生き物がいます。

そう、今現在も人類を苦しめているウイルスたちです。

このウイルスの感染蔓延を予測する一般的な方法として、「SIRモデル」と呼ばれる感染症モデルが存在します。

SIRとは「感受性(susceptible)ー感染性(infectious)ー隔離または回復(removed/recovered)」のことで、この3つの区分を元にして、このモデルは感染の時間的な変化を予測します。

ヒットソングの流行とウイルスの感染拡大は類似したパターンを持っている
(画像=SIRモデルのフローチャート / Credit:Dora P. Rosati et al.,Proceedings of the Royal Society A(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究チームは、ウイルスの感染と、歌の流行の伝播に類似性がないかということを調査しました。

研究では、オンライン音楽ストリーミングサービス「MixRadio」のデータが分析されました。

これは2007年から2014年にかけて、英国ノキア社の携帯電話からダウンロードされた楽曲に関するデータです。

すると、レディー・ガガなど一部の人気曲のダウンロードパターンが、SIRモデルにぴったり当てはまったのです。

そのため、研究者たちは感染症の伝播と歌の伝播には、同じような社会的メカニズムが存在するのではないかと考えはじめました。

しかしそこには、どんな原因が考えられるのでしょうか?

歌とウイルスが似たように広がる理由

ヒットソングの流行とウイルスの感染拡大は類似したパターンを持っている
(画像=音楽の流行とウイルスにはどんな点で類似があるのか / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

研究者によると、「研究で調査された多くの人気曲のダウンロード数の時系列変化と、感染症の時系列は似た形状をしている」と話します。

SIRモデルは、病気の伝播の基本的なメカニズムを明らかにするため開発されたものです。

それがヒットソングの流行についても、同様に推論できるというのは、一見荒唐無稽なアイデアに聞こえます。

しかし、以前から研究では両者の類似について仮説が立てられていました。

音楽が「流行る」理由は、その曲が本来持っている魅力によるものかもしれませんが、最近の研究では、コミュニティの構造が曲の人気に影響を与えることが示唆されています。

例えば、今回の研究では、さまざまなジャンルの曲を比較したところ、ファンの間でダウンロードや音楽共有の行動が異なることがわかりました。

英国では、ポップスが最も人気があるジャンルと考えられていますが、それにも関わらずエレクトロニカのジャンルの曲が最も早く人気を獲得し、「拡散」する傾向が示されました。

これはエレクトロニカはニッチなジャンルであるが故にファン同士の結びつきが強く、そのためポップスのように広く愛されているジャンルに比べて、キャッチーな曲を積極的に共有する効率が高いと考えられます。

つまり、これらの曲は、他のジャンルの曲よりもその影響を受けやすい集団に素早く蔓延するように見えるのです。

ヒットソングの流行とウイルスの感染拡大は類似したパターンを持っている
(画像=ニッチなジャンルではネット上でより密なコミュニティが形成される可能性が高い / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

これは日本の場合、AKB48や嵐、あるいはアニメソングなど、結束の固いファンのコミュニティで流行した曲ほど、世間でも広く認識される可能性が高くなることを意味していると捉えることができます。

同じようなことは、ウイルスが流行するときにも起こります。

この場合、エレクトロニカファンのような結びつきの強いコミュニティは、ウイルスに対する感受性の高い人(抗体が少ない人)や、現在「密」と表現される状況を表現していると考えられます。

ウイルスは密なコミュニティの交流を通じて人から人へと感染し、一気に広がっていきます。

しかし、流行曲がやがては飽きられて廃れていくように、ウイルスも感染しやすいグループが枯渇すると、感染数のピークに達した後、減少に転じます。

「感染症流行の終わりには、人口の大部分が病気に感染しているでしょう。

非常に人気のあるヒット曲の流行の終わりでは、人口の大部分の人がその曲を耳にしています」

研究に参加したマックマスター大学の数学者ドーラ・ロサティ氏は、SIRモデルがポピュラー曲のダウンロード傾向を適切に記述しており、曲の人気を促進するプロセスを適切に表現している可能性が高いと話します。

もちろん、この研究はまだ限定的なデータを分析したに過ぎないため、研究者はより広範なデータを使用して研究を強化していくことを目指しています。

現在の状況では、ウイルスになぞらえた研究にはネガティブな印象を抱いてしまいますが、この研究は社会に音楽を広める方法に光を当てようとしています。

コロナウイルスのように、こまめに変異を繰り返せば、同じ曲を長く流行させることもできるのかもしれません。


参考文献

Viral hit: Why some music is infectiously popular

Viral Songs And Infectious Disease Have More in Common Than You’d Think, Study Finds

Download patterns of catchy music resemble infectious diseases spread curves, says study

元論文

Modelling song popularity as a contagious process


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功