これまで人々は、同じ場所で一緒に映画やライブを楽しむときに、呼吸や心拍などの身体機能が同期することが示されていました。

しかし、パリ脳研究所(Paris Brain Institute)などの研究チームは、まったく別々のはるかに離れた場所にいたとしても、同じ物語をたどるとき人の心拍数は同期した変動を見せると報告しています。

面白いのはこの現象が、特に感情を揺さぶる要素のない退屈な教育ビデオでも確認できたことです。

これは人の心拍数の変動が感情の変化などではなく、脳の認知機能に依存している可能性を示しています。

研究の詳細は、科学雑誌『Cell Reports』に9月14日付で掲載されています。

目次

  1. 心拍数が同期するとき
  2. 感情が伴わなくても心拍数が同期する

心拍数が同期するとき

人の心拍数は「同じ物語を聞くとシンクロする」ことが発見される
(画像=一緒に何かを楽しむとき、人の身体機能は同期することが知られている / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

人は同じ映画を見ているときや、同じライブパフォーマンスを見ているときなどに、呼吸や心拍数などの身体機能が同期することが確認されています。

これは一緒に同じ場所にいて、同じものを見ていることから起きる一体感やライブ感が原因だと考えられていました。

しかし、新たな研究は、それがまったく別々の離れた場所にいる人同士でも起きることを確認したといいます。

研究を報告したのは、パリ脳研究所などの研究チームです。

彼らはできるだけ人に干渉せずに、意識状態を探る新しい方法はないかということを考えていました。

たいていこうした調査では、脳スキャンを利用しますが、彼らはもっとシンプルな方法があるのではないかと考えたのです。

そこで彼らは物語を聞いているときの、人の心拍数を測定してみようと思いつきます。

心拍の測定は非常に簡単な測定の1つであり、そのための機器はどこにでもあります。

そこで、研究チームはジュール・ヴェルヌの名作『海底二万哩』のオーディオブックを被験者に聞かせ、そのときの心拍数の変化を測定する実験を行いました。

すると興味深いことに、別々に測定実験を行った被験者たちが、みな同じタイミングで心拍数の増減を示したのです。

人の心拍数は「同じ物語を聞くとシンクロする」ことが発見される
(画像=人は同じ物語のオーディオを聞くと心拍数の変化が同期する / Credit: Perez and Madsen et al.,Cell Reports(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

普通に考えるとこれは、物語の展開が同じように人々の感情を揺さぶったため、それが原因で心拍数も同じように変動したと解釈できます。

しかし、この研究チームは、ここで少し変わった面白い追加実験を試したのです。

それはまったく感情の変化が起きそうもない教育ビデオを被験者に鑑賞させるというものでした。

感情が伴わなくても心拍数が同期する

人の心拍数は「同じ物語を聞くとシンクロする」ことが発見される
(画像=退屈な教育ビデオは感情的に揺さぶる要因やポイントは特にない / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

教習所や研修で見せられる教育ビデオは、エンターテインメント作品と異なり基本的に視聴者の感情を揺さぶるようなポイントは存在しません。

今回の研究チームは、被験者たちにそんなビデオを視聴してもらい、そのときの心拍数も測定しました。

すると意外なことに、感情の変化が伴わないこのビデオでも、被験者たちの心拍数は依然として同期していたのです。

しかし、この同期は、同じ動画の2度目の視聴では崩れてしまいました。

これは、人の心拍数の同期が感情に関連しているのではなく、注意の度合いと関連している可能性を示唆しています。

3つ目の実験では、被験者ごとに静かな環境と気が散る環境で行った場合、心拍数の同期が取れていない被験者は、視聴した内容について確認するテストで、悪いスコアを出す傾向がありました。

最後に、研究チームは、健康な被験者と昏睡状態の患者を対象にオーディオブックを聞かせる実験を行いました。

当然ですがこの実験では、昏睡状態の患者は心拍数の同期率が非常に低い結果となりました。

ただ、応答性がもっとも高く、心拍同期率が比較的高かった昏睡状態の患者の中には、半年後にある程度意識を取り戻した人がいたのです。

人の心拍数は「同じ物語を聞くとシンクロする」ことが発見される
(画像=驚いたことに昏睡状態の患者でもオーディオブックの視聴で心拍数の同期が確認できた患者はその後意識をある程度取り戻した / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

研究の結果は、感情表現の伴わない教育ビデオでも、人々の心拍数が統計的に意味のある形で同期することがわかりました。

もちろん感情を揺さぶるシーンが、私たちの反応に影響を与えないわけではありません。

しかし、その場合、同じように心拍数が変動する必要はないのです。

このことから研究者は、人の心拍数の変動は、注意の度合い、内容にどれだけ引き込まれているかによって変動する可能性があると考えています。

さらに昏睡状態の患者であっても、心拍数の同期率に統計的な有意差が確認できた場合、その患者が後に意識を取り戻している点も興味深い結果です。

これは今回の発見が、心拍数の変化を測定することで、間接的に脳機能や意識を測定する技術の基礎となる可能性があることを示しています。

心拍数の測定は脳波の測定よりはるかに簡単で、スマートウォッチやフィットネスバンドのような簡単な機器にも搭載できる機能です。

ただ、研究者は今回の研究が非常に予備的なものである点を警告しています。

実験のサンプル数は非常に小規模で20~30人の被験者のみで構成されているため、今回の結果をより多くの人々で検証する必要があります。

しかし、私たちは同じものに触れたとき、同じように世界に反応し、何らかの共鳴を起こしているのかもしれません。

たとえ遠く離れていたとしても。


参考文献

People’s Heartbeats Synchronize When They’re Captivated by The Same Story

Our heart rates synchronize when closely listening to the same stories

元論文

Conscious processing of narrative stimuli synchronizes heart rate between individuals


提供元・ナゾロジー

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