火星の植民地計画が進む中、コロニーの建設費と材料をいかに調達するかが大きな問題となっています。

レンガ1個を火星に送るのに約200万ドルかかると見積もられており、宇宙飛行士とともに材料を送るのは不可能です。

しかし、マンチェスター大学(University of Manchester・英)の研究チームはこのほど、これらの問題を克服しうる新技術の開発に成功したと発表しました。

それは、現地で調達できるレゴリス(岩石の堆積層)に、宇宙飛行士から排出される血と汗と涙と加えて、コンクリートを作る技術です。

実験では、通常のコンクリートより強度の高い材料の生成に成功したとのこと。

研究は、9月10日付けで学術誌『Materials Today Bio』に掲載されています。

目次

  1. 血中タンパク質とレゴリスで「コンクリート」が作れる
  2. 「尿素」を加えることで、強度が300%上昇

血中タンパク質とレゴリスで「コンクリート」が作れる

月面や火星でのコロニー建設には、地球からの材料調達が難しいため、現地で入手できる資源を有効活用しなければなりません。

こうした「あり合わせの資源」を使う技術を「in-situ resource utilization(ISRU)」と呼びます。

基本的には、月面や火星上で採取できるレゴリスや岩石、および水の堆積物が中心となります。

しかし、見落とされている重要な資源があります。

それが、宇宙飛行士です。

もっと具体的に言えば、宇宙飛行士が現地で排出する血と汗と涙、そして尿です。

研究チームは今回、人の血液中ぶ存在するタンパク質の「ヒト血清アルブミン(HSA)」が、模擬ダスト(月や火星で採取できるレゴリスに近いもの)を結合して固めるバインダーとして機能することを発見しました。

HSAは、献血と同じ手順で、宇宙飛行士から安全に抽出できます。血漿中に最も多く含まれるタンパク質でもあり、1日あたり12〜25gの割合で補充されます。

HSAと模擬ダストを組み合わせた結果、25MPa(メガパスカル)という高い圧縮強度をもつコンクリートの生成に成功しました。

人間の「血と汗と涙」を原料にした宇宙コンクリートの生成に成功
(画像=生成された材料 / Credit: Dr. Aled Roberts | Research FellowFuture Biomanufacturing Research HubManchester Institute of Biotechnology(2021)、『ナゾロジー』より引用)

これは通常のコンクリートの20〜32MPaとほぼ同じ強度です。

この新たな素材は、宇宙飛行士とコンクリートの融合したものとして、「アストロクリート(AstroCrete)」と命名されました。

さらにチームは、アストロクリートの強度を格段に高める方法も発見しています。

「尿素」を加えることで、強度が300%上昇

その方法は、汗や涙、尿として排出される老廃物である「尿素」を取り入れることです。

これをアストロクリートの生成段階に組み込むことで、圧縮強度が300%以上向上することが分かりました。

これにより、通常のコンクリートを大幅に上回る40MPaの強度が得られています。

人間の「血と汗と涙」を原料にした宇宙コンクリートの生成に成功
(画像=「アストロクリート」の生成プロセス / Credit: Aled D.Roberts et al., Materials Today Bio(2021)、『ナゾロジー』より引用)

研究チームのアレド・ロバーツ氏は「この新技術は、月や火星で提案されている他の多くの建設技術に比べて、多くの利点がある」と指摘。

その上で「科学者たちは、地球外でコンクリートのような建設材料を作る技術を模索してきましたが、まさかその答えが私たちの体内にあろうとは思ってもいませんでした」と続けています。

チームの計算では、宇宙飛行士6人が火星で2年間のミッションを行う間に、500キロ以上のアストロクリートが製造できると算出されています。

その量は有人ミッションを重ねるごとに増え続け、材料の輸送費や建設コストの大幅なカットが期待できるでしょう。

人間の「血と汗と涙」を原料にした宇宙コンクリートの生成に成功
(画像=アストロクリート / Credit: University of Manchester(phys)- Cosmic concrete developed from space dust and astronaut blood(2021)、『ナゾロジー』より引用)

ただし、懸念される問題もあります。

それは、血液や尿素の採取に伴う宇宙飛行士への肉体的、精神的な悪影響です。

ロバーツ氏は、このように述べています。

「地球外の微小重力がすでに体へ大きな負担をかけており、筋力の低下や骨の変性などの問題を引き起こしています。

その上で、血液や尿素を採取することが健康を損なう恐れもあります。

火星の重力は地球の約38%とされ、宇宙空間よりは強いですが、血液や尿素の採取が安全に行えるかどうかは不明です。

また、食事面についても、HSAの抽出によって生じる不足分を補うために、タンパク質やカロリー、水を摂取しなければなりません。

いずれにしても、このプロジェクトを実行に移すには、乗り越えるべき壁がまだまだあります」

こうした問題を克服するにも、研究者の血と汗と涙の努力が必要となるでしょう。


参考文献

Cosmic concrete developed from space dust and astronaut blood

Future Mars Housing May Be Built With Astronaut Blood and Pee

元論文

Blood, sweat and tears: extraterrestrial regolith biocomposites with in vivo binders


提供元・ナゾロジー

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