がん治療の未来はmRNAが握っているかもしれません。

9月8日にBioNTechの研究者たちにより『Science Translational Medicine』に掲載された論文によれば、同社のmRNA技術を用いた治療薬により、20匹中19匹のマウスの黒色腫(皮膚がん)を完全消滅させることに成功したとのこと。

圧倒的な効果をみせたmRNA治療薬は、いったいどんな仕組みで、がん細胞を死滅させたのでしょうか?

目次

  1. マウスの20匹中19匹で腫瘍が完全に消滅した
  2. mRNAによって作られたサイトカインは免疫にがん細胞を密告する
  3. 人間での臨床試験も始まっている

マウスの20匹中19匹で腫瘍が完全に消滅した

mRNA技術で95%のマウスから「がん細胞を完全消滅」させることに成功!
(画像=マウスの20匹中19匹で腫瘍が完全に消滅した / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

mRNAとは細胞に対して特定のタンパク質を作るように指示する分子です。

新型コロナウイルスのワクチンに含まれるmRNAも、ウイルスの体の一部(スパイク)を作る指令が含まれており、体内に注射されるとウイルスの断片を生産し、免疫の訓練を促します。

そこで今回、BioNTechとファイザーの研究者たちはmRNAの持つ命令能力を、がん治療に転用する方法を開発しました。

mRNAに、がんとの闘いを有利にするタンパク質の生産命令を乗せることができれば、治療に大きく役立つと考えたからです。

研究者たちは様々なタンパク質の生産命令を込めたmRNAを、がんになったマウスに注射し、効果が現れるかを確かめていきました。

結果、サイトカインの一種である4つのタンパク質(インターロイキン-12単鎖、インターフェロン-α、顆粒球-マクロファージコロニー刺激因子、およびIL-15‐sushi)の生産命令(mRNA)が、がん細胞に対して有効であると判明します。

またこの4種類の生産命令(mRNA)を混合して、黒色腫(皮膚がん)になったマウスの腫瘍に注射したところ、20匹中19匹(95%)において、40日以内に腫瘍が完全に消滅したことが確認されます。

これまで様々ながん治療方法が開発されてきましたが、これほどの高い確率で腫瘍を完全に消滅させた例は非常にまれです。

さらに、mRNA混合物を注射されたマウスには副作用が示されず、治療期間中に体重が減少することもありませんでした。

この結果はmRNA技術が、体に負担のないがんの根治(完全治療)に有効であることを示します。

しかし、なぜサイトカインの生産命令(mRNA)を注射しただけで、がんが消滅したのでしょうか?

mRNAによって作られたサイトカインは免疫にがん細胞を密告する

mRNA技術で95%のマウスから「がん細胞を完全消滅」させることに成功!
(画像=mRNAによって作られたサイトカインは免疫にがん細胞を密告する / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

なぜサイトカインの生産命令(mRNA)カクテルが、がんを消滅させたのか?

答えを探るため、研究者たちは治療中のマウスの体内を調べました。

するとマウスの体内では、免疫システムに対して腫瘍への攻撃を促す「腫瘍内インターフェロンガンマ」、「抗原特異的T細胞」、「グランザイムB+T細胞浸潤」が増加しており、がん細胞に対する免疫記憶も形成されていました。

私たちの体から生まれたがん細胞には、体の一部になりすますことで免疫をかわす能力が備わっています。

一方で、腫瘍に注射されたサイトカイン生産命令(mRNA)が実行され、実際にサイトカインが生産されはじめると「ここに敵がいる」という警報を免疫システムに向けて発することが可能になります。

そして警報によって駆け付けた免疫細胞に、がん細胞を改めて敵として認証するキッカケを与えていたと考えられます。

極言すれば、腫瘍の内部にチクリ屋を入れた……とも言えるでしょう。

人間での臨床試験も始まっている

mRNA技術で95%のマウスから「がん細胞を完全消滅」させることに成功!
(画像=人間での臨床試験も始まっている / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、サイトカインの生産命令を含んだmRNAが、マウスのがんに対して非常に効果的であることが示されました。

サイトカインによる警報は非常に強力であり、新型コロナウイルスの感染では、過剰な警報が肺をボロボロにしてしまうことが報告されています(サイトカインストーム)。

腫瘍内部にサイトカインの生産命令(mRNA)を入れることで、サイトカインの攻撃力を腫瘍に向けることが可能になります。

なお現在、動物実験での有望な結果を受けて、人間を対象としたフェーズ1の臨床試験が開始されているとのこと。

中間報告によれば、mRNAの投与によって命にかかわるような副作用は生じていないとのこと。

(※フェーズ1は安全性の確認が目的)

また腫瘍に対する調査では、マウスに似たインターフェロンガンマとCD8+T細胞浸潤の増加が確認されたようです。

今後、全てのフェーズがクリアされ、mRNAによるがん治療が実現すれば、人類の死因の上位から、がんが消える日が来るかもしれません。


元論文

Local delivery of mRNA-encoding cytokines promotes antitumor immunity and tumor eradication across multiple preclinical tumor models


提供元・ナゾロジー

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