温泉土産の定番、温泉まんじゅう。ここでは、温泉まんじゅうの定義や誰の手によっていつ生み出されたのか、また温泉まんじゅうが全国に広めた人物など、温泉まんじゅうに関する事柄を深堀していく。温泉での小話の1つとして、温泉まんじゅうヒストリーを知っておくのもいいだろう。

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男の隠れ家デジタル
(画像=男の隠れ家デジタルより引用)

温泉まんじゅうとは、温泉地で販売されているまんじゅうを指す。店によっては、温泉の蒸気で蒸しているまんじゅうだから温泉まんじゅうだという店もある。しかし、これらが本来の「温泉まんじゅう」の定義なのだろうか? その答えは、温泉まんじゅうのルーツになる「湯乃花まんじゅう」が握っているのだ。

湯乃花まんじゅうが生まれたのは、明治43年(1910年)の伊香保温泉である。東京にある菓子の名店「風月堂」で修行をしていた菓子職人の半田勝三(勝月堂初代店主)が、隣人に伊香保温泉の名物を作るように依頼をされたことが始まりだ。

半田勝三は伊香保ならではの名物をつくるため、半年間研究に研究を重ねた。そして、黒糖を使い、茶色い湯の花をモチーフにした湯乃花まんじゅうを考案したのだ。その饅頭は、たちまち人気商品となり、その後伊香保温泉にある多くの店で湯乃花まんじゅうが売られるようになった。

明治初期には、全国の温泉地でも湯乃花まんじゅうを真似たものを「温泉まんじゅう」として販売するようになる。つまりもともとの温泉まんじゅうの定義は、黒糖で湯の花の色を再現したものということになる。

現代でも温泉まんじゅうは、発祥の地伊香保温泉や草津温泉などで人気の土産物だ。温泉まんじゅうも様々な進化を遂げ、その土地やお店によって味や製法に違いがあるため、複数の商品を食べ比べするのもいいだろう。

昭和初期、温泉まんじゅうの普及から今日に至るまで

温泉まんじゅうが全国に普及されるきっかけとなったエピソードがある。昭和初期に半田勝三が店主を務める「勝月堂」で、昭和天皇が「湯の花まんじゅう」を購入したことだ。のちにその情報が全国に知れ渡り、「湯の花まんじゅう」を真似た「温泉まんじゅう」が全国で販売されるようになったのだ。

「温泉まんじゅう」ブームの火付け役となった「勝月堂」は、現在も存続している。今でも当時と変わらず茶褐色の色を黒糖で再現し、保存料を使わないこだわりの製法を貫いているのだ。伊香保温泉のお土産としておすすめだが、保存料が使われていないため、賞味期限は2日間と短くなっている点に注意が必要である。お土産として購入する場合は、滞在の最終日に購入し、2日以内に先方に渡す必要があることを心得ておこう。

温泉まんじゅうの歴史に思いをはせながら、温泉まんじゅうを食べるのも粋である。伊香保温泉に行く機会があれば、元祖温泉まんじゅうを味わってみるのもおすすめだ。

男の隠れ家デジタル編集部
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提供元・男の隠れ家デジタル

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