脳腫瘍の一種である膠芽腫(こうがしゅ)は、脳や脊髄にできる進行性のがんです。
治療が非常に難しく、平均余命は数か月~2年と言われています。
イスラエル・テルアビブ大学(TAU)に所属する生理学者ロニット・サッチフェイナロ氏ら研究チームは、患者の細胞から「本物のように活動する腫瘍モデル」を3Dバイオプリントによって再現しました。
これにより効果的な治療法の特定と新薬開発が容易になると考えられます。
研究の詳細は、8月18日付の科学誌『Science Advances』に掲載されました。
脳腫瘍の新薬開発は難しい
現在、膠芽腫は部分的な摘出や、化学療法・放射線療法によって治療されますが、患者の負担は大きく、治療自体も非常に難しいと言われています。
そのため多くの患者や医師は、膠芽腫をターゲットにした新薬の開発に期待を寄せています。
ところが現在の薬剤開発は非常に難しく、開発プロセスには膨大な時間がかかります。
この難しさは実験室と体内の違いによって生じ、サッチフェイナロ氏はそのことを次のように説明しています。
「がんは他のすべての組織と同様に、ペトリ皿や試験管での挙動と、人体の中での挙動が全く異なります」
「実験薬の約90%が臨床試験で失敗しますが、これは実験室で得られた作用が患者で再現されないためなのです」
成功率10%の実験薬を脳に打ち込みたい人などいないでしょう。
膠芽腫の新薬開発がなかなか進まないのも納得できますね。
そこでチームは、人体の挙動を実験室に持ってくるための大胆な技術を開発しました。
患者そっくりの「活動する脳腫瘍モデル」を3Dバイオプリントで実験室に再現するのです。
3Dバイオプリントされた脳腫瘍モデルで新薬実験がはかどる
3Dプリントによる新薬実験の方法は次のとおりです。
最初にチームは、手術室で患者の腫瘍から周囲の組織と一緒にサンプルを採取。
次に、このサンプルから患者のMRI画像に合わせて、患者の腫瘍にそっくりなモデルを3Dバイオプリントします。
作られた腫瘍モデルは脳のようなゲル成分でできており、血球や薬剤が流れる血管のようなチューブも備わっています。
これにより本物の腫瘍がどのように形成され、治療薬にどんな反応をするか観察できるのです。
サッチフェイナロ氏は、「100個の小さな腫瘍モデルを3Dプリントして、さまざまな薬を多様な組み合わせでテストできます。これにより最適な治療法を発見できるのです」と述べました。
また、最も良い反応があった「有望な化合物」に時間と資金を投資できるというメリットもあります。
これは新薬開発を加速させるでしょう。
実際チームはこの新しい技術によって、膠芽腫の増殖を促す「特定のタンパク質経路」を標的にした治療を可能にしました。
その結果、膠芽腫の成長が遅くなり、がん細胞の広がりを止めることに成功したとのこと。
サッチフェイナロ氏は、「3Dプリントされた腫瘍モデルが、治療効果の予測、薬剤標的の発見、新薬開発に適していることを証明しました」と語っています。
新しい技術が確立するなら、臨床試験の成功率は向上するでしょう。
今後の新薬開発の加速に期待したいですね。
参考文献
Scientists 3D Printed a Deadly Brain Tumor for the First Time
3D Printing Takes on Brain Cancer
元論文
Microengineered perfusable 3D-bioprinted glioblastoma model for in vivo mimicry of tumor microenvironment
提供元・ナゾロジー
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