人の視線を意識してしまい、決断が鈍ったり、集中が乱されたという経験を持つ人は多いでしょう。

しかし、このときの視線を向けてくる相手は、別に生き物である必要はなかったようです。

イタリア技術研究所(IIT)の研究チームは、人がロボットとゲームをするという実験を行い、そのときの人間の脳波や神経活動の変化を測定しました。

すると、ロボットに見られているとき人間は、次の一手を決断することが通常時より手間取ったのです。

人の脳は、それがロボットの視線であったとしても「無視」するためには、努力とコストが必要になるようです。

この研究の成果は、科学雑誌『Science Robotics』に9月1日付で掲載されています。

目次

  1. 見られていると集中できない
  2. 人の脳はロボットが相手でも視線を意識してしまう

見られていると集中できない

人間は「ロボットでも」見つめられると集中を乱されてしまう
IITの開発した幼児型ロボット「iCub(アイカブ)」 / Credit:en.Wikipedia(画像=『ナゾロジー』より 引用)

これはイタリア技術研究所(IIT)が開発した人型ロボット「iCub(アイカブ)」です。

これは4歳児ほどの人間の子どもを想定して作られた幼児型のロボットで、歩いたりはできませんが、53のモーターと76の関節を持ち、細やかな動きを再現できます。

また、LEDライトで眉や口のラインを表示することで、表情を作り出すことができ、稼働する目で視線を作り出すこともできます。

人間は「ロボットでも」見つめられると集中を乱されてしまう
LEDで眉や口の形を自由に変化させ表情を再現できる / Credit:en.Wikipedia(画像=『ナゾロジー』より 引用)

視線は人と人との相互作用、コミュニケーションにおいて重要な信号です。

それは相手に意図を伝えたり、人の判断に影響を与えることもあります。

人前だと緊張して本来の力が発揮できない、という人も理由の多くは視線にあるといえるでしょう。

人間は「ロボットでも」見つめられると集中を乱されてしまう
人に視線を向けられると集中するのが難しくなる / Credit:canva(画像=『ナゾロジー』より 引用)

では、ロボットと人間がお互いに視線を交えたとき、そこではどんな相互作用が起きるのでしょうか? あるいは人ではない存在とは、視線による相互作用は起きないのでしょうか?

こうした問題を調べるために、今回の研究チームは、人型ロボットiCubの視線が、人々の意思決定に与える影響について実験を行いました。

実験では40人の被験者をiCubの向かいに座らせ、コンピューター画面上で2台の車が正面からぶつかり合うチキンレースのゲームをしてもらいました。

人間は「ロボットでも」見つめられると集中を乱されてしまう
実験の様子。モニターに映るのがチキンレースのゲーム画面。 / Credit:Istituto Italiano di Tecnologia,Humans play in competition with a humanoid robot(YouTube)(画像=『ナゾロジー』より 引用)

ゲームは衝突の直前で一時停止します。

このとき、被験者にはロボットの方を見上げてもらい、ロボットはその視線に対してまっすぐ見つめ返すか、視線をそらす動作をします。

この瞬間に、被験者はさらに車を前進させるか、進路をそらして避けるかの判断を行います。

では、実験の結果はどうなったでしょうか?

人の脳はロボットが相手でも視線を意識してしまう

人間は「ロボットでも」見つめられると集中を乱されてしまう
ロボットが相手でも見つめ返されると判断が遅れる / Credit:Istituto Italiano di Tecnologia,Humans play in competition with a humanoid robot(YouTube)(画像=『ナゾロジー』より 引用)

実験の結果、ロボットが見つめ返してきたとき、被験者の選択自体に変化はありませんでしたが、一貫して反応時間がわずかに長くなるとわかりました。

逆に、iCubが視線をそらしたとき、被験者のゲーム中の反応は速くなったのです。

この結果について研究者は次のように語っています。

「相互注視後の被験者の反応の遅れは、相互注視が人に高い認知負荷を与えていることを示唆しています。

たとえば、iCubの考えについてより多くの推論をしてしまったり、視線刺激を抑制しようとした結果、気が散ってしまうなどです」

研究者によると、ここには注意を抑制しようとする脳波パターンが関連していたといいます。

つまり被験者は、相手がロボットであっても、見つめ返されるとゲームへの集中が乱れて反応が鈍くなり、視線をそらされるとゲームに集中しやすくなっていたのです。

面接の最中、面接官が書類のチェックなどで視線をそらしたとき、なんだか一瞬ホッとした経験はないでしょうか?

人間は「ロボットでも」見つめられると集中を乱されてしまう
面接官が視線をそらすとなんだか一瞬安堵してしまう / Credit:canva(画像=『ナゾロジー』より 引用)

今回の結果は、これに近い状況を再現しているのかもしれません。

そして人間はその相手がロボットでも視線を無視することが難しく、思考のプロセスを邪魔されてしまうようです。

iCubというロボットが、人間の形状をおおまかに模倣していて、人として意識されるよう設計されていることを考えれば、これは驚くべきことではないかもしれません。

しかし、この結果は将来的に、より高度でインタラクティブ性の高いロボットを設計するとき影響を与えるデータとなる可能性があります。

今後ロボットはますます私たちの日常生活の中で存在感を増していくでしょう。

だからこそ、ロボットの技術的な面だけでなく、人とロボットの相互作用が人間の脳の処理にどのような影響を与えるかも理解することが重要となってくるのです。


参考文献

When humans play with a humanoid robot, they delay their decisions when the robot looks at them

When Robot Eyes Gaze Back at Humans, Something Changes in Our Brain And Behavior

元論文

Mutual gaze with a robot affects human neural activity and delays decision-making processes


提供元・ナゾロジー

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