東南アジア諸国連合(アセアン)ではこのところ、新型コロナウイルスの変異株が蔓延し、感染拡大の世界的な中心地となっている。アセアン各国で行動制限が再強化され、景気の足が引っ張られている。なかでもマレーシアやタイは、人口当たりの新規陽性者数の水準がほかの国々と比較して突出しており、感染爆発状態に陥っている。これらの国々はアセアンの中でも製造業を中心とする産業集積の度合いが高い。そのため、行動制限による生産活動の低迷は、サプライチェーンを通じて日本国内の生産活動にも悪影響を与える事態となっている。

足元では、域内最大の人口を擁するインドネシアで感染拡大の動きが頭打ちとなるなど、改善の兆しが見られる。一方、ベトナムにおいては感染拡大のペースが緩やかに加速しており、気の抜けない状況が続いている。第一生命経済研究所は8月、変異株の流行による影響を踏まえ、アセアン主要5カ国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)の経済成長率見通しを5月時点から1.6ポイント引き下げて2.8%に下方修正している。

昨年に新型コロナがパンデミックとして宣言された当初は、中国が感染拡大の中心地となり、中国進出企業は生産拠点をアセアンに分散させてきた。しかし、今般、アセアンが感染拡大の中心地となっていることを受けて、再びサプライチェーンの見直しを迫られる可能性がある。

また、中国が「ワクチン外交」を推し進め、わが国や米国もワクチン供与に動いているにもかかわらず、アセアン諸国の完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は一部の国を除いて低水準にとどまる(図表)。足元では、先進国を中心に「ブースター接種」(ウイルスに対する免疫を高めるために行う追加のワクチン接種)が試みられるなど、再び世界的にワクチン獲得競争が激化することも予想される。アセアン諸国の景気回復が遅れることは、多くの進出企業にとって業績の圧迫要因となり得る。

さらに、年内には米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和政策の縮小に動く可能性が高まっており、世界的なカネ余りを追い風に新興国への資金流入が強まった流れが一変することも懸念される。足元における感染再拡大やそれに伴う景気減速懸念を理由に、アセアンをはじめとするアジア新興国通貨は弱含む動きを見せており、進出企業にとっては業績の下押し圧力となることが避けられなくなっている。

感染収束の見通しが立たない状況が長引けば、アセアン諸国に進出する企業にとってはさまざまな経路を通じて業績が一段と圧迫されることも予想される。アセアン諸国の感染動向は、日本経済にとって決して「対岸の火事」ではない。

「対岸の火事」ではないアセアンでの新型コロナ感染拡大
(画像=『きんざいOnline』より引用)

文・第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト / 西濵 徹
提供元・きんざいOnline

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