マウスをバカにする腸内細菌がいるようです。

8月5日にアメリカのカリフォルニア大学の研究者たちにより『Cell Host & Microbe』に掲載された論文によれば、ビロフィラ菌(Bilophila wadsworthia)と呼ばれる腸内細菌に、マウスの認知機能を低下させる働きが発見されたとのこと。

しかし、いったいどんな仕組みで腸内細菌がマウスの脳にマイナスの影響を与えたのでしょうか?

目次

  1. 認知能力に影響を与える腸内細菌を探す
  2. 悪玉菌のビロフィラが増えるとマウスはバカになる
  3. ビロフィラ菌は免疫に影響を与えて海馬の働きを低下させていた
  4. 脳に影響を与える腸内細菌は他にもあるかもしれない

認知能力に影響を与える腸内細菌を探す

マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
(画像=マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

近年になって、腸内細菌の働きが脳に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきました。

例えば、腸内細菌がいないマウスは孤独になりがちな一方で、腸内細菌の多様性がある人は孤独を感じにくくなることが知られています。

また「O16」と呼ばれる腸内細菌は親マウスに育児放棄を誘発することも示されました。

さらに若いマウスの糞便移植によって老マウスの認知機能が改善するなど、腸内細菌は動物の精神活動を強く支配していることが示されています。

そこで今回、カリフォルニア大学の研究者たちは、マウスの頭が腸内細菌の入れ替えにより良くなるならば、逆に「バカ」にする腸内細菌もあるはずと考え調査をはじめます。

研究者たちはマウスを様々な環境下で飼育するとともに特定種類の栄養に偏った食事を提供し、バカになるかを調べました。

マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
(画像=マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

すると、「ケトン食」と低酸素の組み合わせがマウスの認知機能を大幅に下げると判明します。

ケトン食とは炭水化物が少なくタンパク質や脂質が多めの食事であり、様々な生活習慣病に対して効果があると言われています。

しかしケトン食を食べさせてたマウスを低酸素環境で飼育した結果、通常の酸素濃度に戻したにもかかわらず、マウスの認知能力は大きく低下したままでした。

具体的には、通常の生活をしていたマウスとくらべて、迷路の攻略において平均して30%ものエラー率の上昇があったとのこと。

そこで研究者たちは、早速マウスの腸内を詳しく調べました。

すると意外な細菌がみつかります。

その菌とは、肉に偏った食生活などで増加することが知られている、悪玉菌のビロフィラ菌でした。

悪玉菌のビロフィラが増えるとマウスはバカになる

マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
(画像=悪玉菌のビロフィラが増えるとマウスはバカになる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

バカになってしまったマウスの腸ではどんな細菌が繁殖していたのか?

研究者たちが詳しく調べたところ、ビロフィラ菌(Bilophila wadsworthia)と呼ばれる特定の細菌が劇的に増加していることを発見します。

ビロフィラ菌は酸素の少ない環境を好む嫌気性細菌であり、様々な慢性的代謝異常にかかわることが知られている、ヒトの腸内にも存在する典型的な「悪玉菌」です。

またビロフィラ菌はタンパク質と脂質を好む性質があるため、ケトン食と低酸素状態という環境が合わさった結果、増殖したと考えられます。

ただこの時点では、ビロフィラ菌と認知機能の低下を結び付けるには証拠が足りませんでした。

そこで研究者たちは、通常の酸素濃度で通常のエサを食べているマウスの腸内に、ビロフィラ菌を単独で繁殖させてみました。

マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
(画像=悪玉菌のビロフィラが増えるとマウスはバカになる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

すると通常の環境・エサであっても、ビロフィラ菌が繁殖したマウスは認知機能が大幅に低下していました。

この結果は、ビロフィラ菌がマウスをバカにしている主な要因である可能性を示します。

しかしそうなると気になってくるのが、なぜ悪玉菌の1種に過ぎないビロフィラ菌が、認知機能を鈍らせるかです。

研究者たちはさっそく、ビロフィラ菌のせいでバカになってしまったマウスたちの脳を調べました。

結果、興味深い事実が判明します。

ビロフィラ菌は免疫に影響を与えて海馬の働きを低下させていた

マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
(画像=ビロフィラ菌は免疫に影響を与えて海馬の働きを低下させていた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

ビロフィラ菌がどのようにしてマウスの認知機能に影響を与えているのか?

謎を解明するため、研究者たちは腸内にビロフィラ菌を繁殖させたマウスの脳を調べました。

すると、ビロフィラ菌を繁殖させたマウスは、脳にある「海馬」と呼ばれる領域で、遺伝子の発現パターンが大きく変化しており、新たなニューロンを作る働きやニューロンどうしのシグナル伝達速度が低下していました。

海馬は脳において「記憶」や「学習」にかかわる重要な働きをしている領域です。

そのため海馬におけるシグナル伝達速度が低下した場合、記憶力や学習能力が低下することが知られています。

この発見により、ビロフィラ菌は海馬に悪影響を与えることで、マウスから記憶力や学習能力を奪い「バカ」にしていることが示唆されました。

問題は、ビロフィラ菌がいかにして海馬にダメージを与えるかです。

そこで研究者たちが目をつけたのは、免疫細胞でした。

近年の研究により、海馬は免疫の働きに大きく影響を受けることがわかってきたからです。

研究者たちが、バカになったマウスの免疫を詳しく調べた結果、予想通りTh1と呼ばれる免疫にかかわる細胞が大幅に増加していると判明。

また研究者たちがTh1細胞の発達を阻害したところ、マウスたちはビロフィラ菌の悪影響(バカになる)を受けなくなることが示されました。

この結果は、ビロフィラ菌が腸内で感染を広げることで免疫細胞のTh1を増加させ、Th1の増加が免疫に敏感な海馬の働きを鈍くしていたことを示します。

脳に影響を与える腸内細菌は他にもあるかもしれない

マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
(画像=脳に影響を与える腸内細菌は他にもあるかもしれない / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、ケトン食と低酸素を好むビロフィラ菌が腸内で増えると、免疫細胞の働きが変化し、免疫に敏感な海馬が鈍って「バカ」になることが示されました。

またビロフィラ菌の増加には、低酸素とケトン食がかかわっていることが示されます。

ビロフィラ菌は酸素を嫌う嫌気性の腸内細菌であり、タンパク質や脂質といったケトン食に多く含まれる栄養素を好むため、両方の条件がそろった結果、大繁殖してしまったものと考えられます。

研究者たちは今後、ビロフィラ菌以外にマウスの認知能力に影響を腸内細菌を探っていくとのこと。

成功すれば、頭を良くする腸内細菌と、悪くする腸内細菌のリストが完成することになり、人類にとって非常に有益な結果になるでしょう。

もしかしたら未来の乳製品売り場には、頭を良くしたい人々が連日のように殺到している風景がみられるようになるかもしれません。


参考文献

UCLA-led study could clarify how gut microbes can exacerbate cognitive decline

元論文

Alterations in the gut microbiota contribute to cognitive impairment induced by the ketogenic diet and hypoxia


提供元・ナゾロジー

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