「ミソキネシア(misokinesia)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
たとえば、他人の咀嚼(そしゃく)や貧乏ゆすりを見て、ひどくイライラするなら、あなたはミソキネシアと言えます。
ミソキネシアは科学的な研究が進んでいない心理現象で、そのために、一般層にほとんど知られていません。
しかし今回、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia)の研究チームが、世界初となる詳細な調査を行いました。
それによると、ミソキネシアは、予想されていたより普遍的な現象で、3人に1人はその傾向があることが判明しました。
研究は、8月26日付けで学術誌『Scientific Reports』に掲載されています。
ミソキネシアは「動き」への苛立ち
ミソキネシアとは、具体的にどんな状態を指すのでしょうか?
本研究主任で、心理学博士のスミート・ジャスワル(Sumeet Jaswal)氏は、論文内で、「他人のそわそわした動きや、小さく反復的な動きを見たときに、強い否定的な感情や情動反応が起こること」と定義しています。
具体的には、他人が食事している時の口の動きや貧乏ゆすり、同じ場所を行ったり来たりする行動を見ると、苛立ちや嫌悪感を抱いてしまいます。
このとき注意したいのは「音は関係しない」ということです。
たとえば、クチャクチャという咀嚼音や、貧乏ゆすりのカタカタという音は関係ありません。
ミソキネシア(ラテン語で「動きを嫌う」という意味)は、他人の動きが視覚的にトリガーとなる現象であって、音が気になる現象は、これとは別に「ミソフォニア(misophonia)」と呼ばれます。
この2つは同時並行して起こることもあるので、自分がどちらに当てはまるのか、あるいは両方なのかは識別が難しいです。
しかし、そのどちらかに身覚えのある人は、かなり多いのではないでしょうか?
研究チームは今回、ミソキネシアがどれくらい普遍的に生じているのかを調査しました。
3人に1人が「ミソキネシア」を経験している
調査では、大学生と一般社会人を含む4100人以上を対象に、ミソキネシアの有病率を算出。
その結果、約3分の1の人が、日常生活で遭遇する他人の反復的な行動に対して、ある程度のミソキネシア感受性を持っていることが判明しました。
この結果は、ミソキネシアが臨床現場に限定されたものではなく、広く一般層にも共通する、これまであまり認識されていなかった普遍的な心理的問題であることを裏付けています。
分析結果によると、この現象は個人差が大きく、刺激因子に対する感度が低い人もいれば、かなり深刻な人も見受けられます。
たとえば、他人の咀嚼や貧乏ゆすりに耐えられる程度の人もいれば、中には、少しでも見ると強い嫌悪感を抱く人もいました。
そうなると、他人との会食やコミュニケーションも困難になり、社会的孤立に陥るリスクも高まってしまいます。
一方で、ミソキネシアがどのような脳メカニズムで発生するのかは分かっていません。
本研究では、「反射的な視覚注意システムが鋭敏すぎるのではないか」という仮説を立てて実験したものの、期待した結果は得られませんでした。
その中で、研究チームは「脳内のミラーニューロンが関係しているのではないか」と新たな仮説を立てています。
ミラーニューロンとは、自分が実際に行動する時と、他人の行動を見ている時の両方で活性化する神経細胞です。
他人の行動を見る時に、まるで自分が同じ行動を取っているかのように反応することから「ミラーニューロン」と呼ばれます。
たとえば、誰かが傷ついているのを見ると、その痛みが脳に反映されて、自分も悲しくなるといったケースです。
ジャスワル氏は「ミソキネシアの場合は、他人のそわそわの原因となる不安や緊張、苛立ちが反映されて、見ている自分もイライラしてくるのかもしれない」と推測しています。
しかし、これはまだ仮説の段階であり、それを証明するにはさらなる研究が必要です。
ただ一つだけ確かなことは、ミソキネシアが珍しい症状ではなく、多くの人が同じ悩みを抱いているということでしょう。
参考文献
First In-Depth Study of ‘Misokinesia’ Phenomenon Shows It May Affect 1 in 3 People
元論文
Misokinesia is a sensitivity to seeing others fidget that is prevalent in the general population
提供元・ナゾロジー
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