がん治療の未来はフキノトウが握っているかもしれません。

9月1日に、日本の岐阜大学の研究者たちにより『The Journal of Clinical Investigation』に掲載された論文によれば、日本原産のフキノトウの苦味成分から、極めて強力かつ副作用の少ない、抗がん作用のある化合物「ペタシン」が発見されたとのこと。

効果は動物実験においても確認されており、がんになったマウスの腹腔(横隔膜の下)にペタシンを投与することで、がん細胞の増殖と転移を防ぎ、縮小させることにも成功

さらにマウスの体には、目立った害も現れなかったそうです。

しかし、どうしてペタシンに、これほどの抗がん作用があったのでしょうか?

以下では、発見につながった研究者たちの地道な努力を紹介しつつ、ペタシンの秘密に迫っていきます。

目次

  1. フキノトウから抽出されたペタシンはがん細胞のミトコンドリアを攻撃する
  2. ペタシンは動物実験でも抗がん作用が確認された
  3. ペタシンは既存のミトコンドリア阻害薬に比べて1700倍強力

フキノトウから抽出されたペタシンはがん細胞のミトコンドリアを攻撃する

フキノトウから「がんを壊死させる」強力な化合物を発見!
(画像=フキノトウから抽出されたペタシンはがん細胞のミトコンドリアを攻撃する / Credit:岐阜大学、『ナゾロジー』より引用)

あまり知られていない事実ですが、抗がん剤の開発方法は非常に地味です。

がん細胞に対して考え付く限りの化合物を加え、効果があるものを網羅的に探索していく、という過程が多くを占めるからです。

日本の岐阜大学の研究者たちもまた、この過酷な探索作業に従事していました。

が……探し方に、いくつかユニーク点がありました。

抗がん剤を探すにあたってのターゲットを、主にアジア原産の薬草や食用植物に絞ったのです。

漢方薬などに使われる薬草には未知の薬効成分が含まれている可能性があるほか、食用植物ともども、人体に対する毒性が比較的低いと期待されるからです。

また探索方法にも工夫がこらされ、植物から得られた成分を、422種類の抽出物を中心に、独自のカテゴリーに分類。

網羅的な探索に適したシステム(ライブラリー)を構築しました。

結果、日本原産のフキノトウ(学術名:Petasites japonicus)から抽出された「ペタシン」と呼ばれる有機化合物が、広範ながん細胞(乳がん、胃がん、大腸がん、膵臓がん、膀胱がん、前立腺がん、悪性黒色腫、肉腫、白血病)に対して非常に強い増殖抑制効果を示す一方で、正常な細胞に対して副作用が少ないことを発見します。

またペタシンに接した、がん細胞の様子を分析したところ、がん細胞内部のミトコンドリアがひどく損傷していると判明。

ミトコンドリアは細胞のエネルギー生産を担う重要な小器官として知られており、がん細胞の異常な活動力の供給源としても機能しています。

どうやらペタシンには、正常な細胞には害を加えず、がん細胞のミトコンドリアを狙い撃ちにするという、不思議な性質を秘めているようです。

細胞レベルでの効果に手ごたえを感じた研究者たちは、次に動物実験へと移りました。

ペタシンは培養皿の細胞だけでなく、生きた動物のがんも治療できたのでしょうか?

ペタシンは動物実験でも抗がん作用が確認された

フキノトウから「がんを壊死させる」強力な化合物を発見!
(画像=ペタシンは動物実験でも抗がん作用が確認された / Credit:岐阜大学、『ナゾロジー』より引用)

ペタシンは生きた動物の体でも同様の抗がん作用を発揮するのか?

答えを得るため研究者たちは、メラノーマ(悪性度の高いがん)を発症したマウスの腹腔にペタシンを注射しました。

結果、ペタシンを投与されたマウスにおいて、がん細胞の増殖と転移が抑えられただけでなく、がん細胞の塊自体も小さくなっていたと判明します。

もし同様の効果が人間にも発揮された場合、がん細胞のミトコンドリアのみを攻撃することで、がん細胞だけを壊死させられる優れた抗がん剤となるでしょう。

(※注意:抗がん作用は抽出された高濃度のペタシンを直接腹腔に注射したときに確認されたものであり、フキノトウを食べただけで抗がん作用が得られるかは確認されていません

ペタシンは既存のミトコンドリア阻害薬に比べて1700倍強力

フキノトウから「がんを壊死させる」強力な化合物を発見!
(画像=ペタシンは既存のミトコンドリア阻害薬に比べて1700倍強力 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、日本原産のフキノトウの苦み成分であるペタシンに、優れた抗がん作用があることが示されました。

ペタシンは正常な細胞には害を与えないまま、異常な活動を続けるがん細胞内部において異常なエネルギー生産を行っているミトコンドリアを狙い撃ちにして、がん細胞の壊死(飢え死に)を起こしていたのです。

がん細胞のミトコンドリアを抗がん剤のターゲットとするという考えは古くからあり、実際にミトコンドリアの働きを抑制する糖尿病薬(メトホルミン)には肝がんの発生率を5分の1にするなど、優れた予防効果が知られていました。

しかし、メトホルミンなどの糖尿病薬が持つミトコンドリアの抑制効果は限定的であり、悪性度の高いがんに対して効果は限られていました。

また既存の強力なミトコンドリア活性の阻害薬は、がん細胞だけでなく正常な細胞のミトコンドリアの活動も邪魔してしまい、単なる毒物でした。

一方で、新たに発見されたペタシンは、メトホルミンなどに比べてミトコンドリアの活動を妨害する能力が1700倍以上にもなるものの、がん細胞のみに効くという点において非常に革新的です。

研究者たちは今後、ペタシンとミトコンドリアの関係をさらに分析することで、よりよい抗がん剤の開発につながると述べています。

参考文献
日本原産フキノトウから がんの増殖・転移を強く抑制する物質を発見

元論文
Petasin potently inhibits mitochondrial complex I–based metabolism that supports tumor growth and metastasis

提供元・ナゾロジー

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