脳が行う選択の結果を制御する方法が開発されました。
11月2日に『Nature』に掲載された論文によれば、脳の「選択」をつかさどる場所に電気刺激を与えることで、サルの意志決定を操作することに成功したようです。
もしこの技術が人間にも適応された場合、個人の意思決定を、電極のスイッチボタンを握る第三者が支配することになるかもしれません。
サルの選択はどのように行われ、そしてどのようにして歪められたのでしょうか?
選択が行われる中枢は目の奥あたりの脳

選択は生物にとって必要不可欠な能力です。良い選択は生存率を向上させ、個人や種族全体に繁栄をもたらします。
しかし、選択をつかさどる神経メカニズムの働きは長い間、謎につつまれていました。
ですが近年になって、眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)と呼ばれる目の奥にある脳区域が選択結果を制御していることが明らかになりました。
アイスとチョコ、どちらを食べるかという選択肢が提示されているとき、この眼窩前頭皮質のニューロンにおいてアイス専用の回路とチョコ専用の回路が構築され、両者の活性度が比較されます。
そしてアイス回路がチョコ回路よりも活発に活動していた場合、脳はアイスを選択するのです。
そこで今回、ワシントン大学の研究者たちは外部電極をこの回路に埋め込んでみることにしました。
外部からの電流により、比較対象となる回路を刺激することで、その活性度を変化させ、最終的な選択結果を歪められると考えたのです。
個人の心の働きとされてきた選択を、他者が制御できたのでしょうか?
脳に電流を流して選択に介入する

他者による選択の制御を実現するにあたって、研究者はより人間に近いマカク属のサルの脳に電極を埋め込み、異なる味のジュース(AとB)を飲ませる実験を行いました。
ジュースAとジュースBの組み合わせはレモネード、ペパーミント、塩水、フルーツポンチなど様々な味の中から選ばれ、サルたちは提示される2杯のどちらか一方を選択することで、その味のジュースを手に入れることができます。
またこのとき、ジュースAはジュースBに対して常においしい味に調整されています。
そのため通常時、サルたちはおおむねジュースAに相当する味を選択しました。
しかし研究者が脳に埋め込んだ電極から電流を流すと、変化がうまれます。
選択をつかさどる中枢に強い電流が流れると、サルは本来好きでない方のジュースBも選ぶようになったのです。
この事実は、電極からの電流の介入によって、ジュースAとジュースBの正常な活動比較が妨げられていることを意味します。
一方で、適正な電流を流した場合、元々の好みであるジュースAの選択頻度をさらに上昇させられることもわかりました。
適正な電流は2つの回路の活動を共に高めましたが、同時に活動の差も広げていたのです(ジュースA回路がジュースB回路よりも伸びがよかった)。
また別の実験ではジュースAとジュースBが一つずつ提示され、サルたちに時差をつけた選択機会が与えられました。
この実験では、サルが一方のジュース(例えばA)を検討している間に強い電流が脳に注がれます。
すると興味深いことに、サルは別のジュース(B)を選択するのです。
この事実は、検討中の脳回路に強い電流が流れ込むと、計算が中断され、検討していた方のジュースに対する魅力が失われることを意味します。
他者に管理された「よりよい」選択

今回の研究によって、これまでブラックボックスとされてきた脳の「選択」を、電流によって制御できることがはじめて明らかになりました。
脳は生体材料で構成された巨大な電気回路であり、不正な電流が家電製品にエラーを起こさせるように、脳も外部から流れ込む電流に影響され、最終的な選択結果に誤作動を起こしていたのです。
研究を指揮したスキオッパ氏は、今回の研究成果は、人間にも適応可能だと述べています。
サルと人間の選択システムは極めて似ており、レストランのメニューといった小さな選択から投資や結婚相手の選別といった大きな選択の根底にも、サルと同様の選択回路が存在すると考えられているのです。
選択の制御は、医療分野での利用も期待されます。
統合失調症やうつ病、発達障害などを患っている患者は、時に望ましくない選択を行ってしまう傾向があります。
しかし他者による選択の制御を受け入れれば、そのような望ましくない選択を回避することが可能となり、よりよい人生を送れるでしょう。
また今回の研究では脳に直接埋め込んだ電極から電流を流しましたが、将来的には磁気の流れを利用した遠隔操作により、あらゆる個人の脳内の電流に介入できる日がくるかもしれません。
全ての人間にとって望ましい選択を行える日が近いのではないでしょうか。
参考文献
neurosciencenews
提供元・ナゾロジー
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