子どもの頃、数学が苦手で苦労したという人は多いかもしれません。
そんなとき、できるやつとは頭の作りが違うんだろうなあ、と漠然と考えたかもしれませんが、ある意味それは正しかったようです。
英国オックスフォード大学をはじめとする研究グループは、数学の能力が神経伝達物質GABAとグルタミン酸の濃度に関連しているという新しい研究を発表しました。
これは数学の理解が、頭の作りではなく神経伝達物質の濃度の問題だったことを示唆しています。
そのため研究者たちは、将来的に数学が苦手な子どもたちの学習を、薬理学や非侵襲的な脳刺激によって支援できるかもしれないと語っています。
研究の詳細は、科学雑誌『PLOS Biology』に7月22日付で発表されています。
勉強が苦手な子・得意な子
数学の学習がスムーズな子と、苦労する子の脳にはどんな違いがあるのか? 小学校の簡単な知識であっても、子どもたちには大きな成績の開きが出てきます。
明らかに子どもたちの中には、学習がスムーズな子と、非常に苦労する子がいるのです。
しかし、それはなぜでしょうか?
簡単な算数の問題に躓いてしまう子どもには、なにか理由があるはずです。
数学のような基礎を積み上げていく学問では、初期の学習が非常に重要です。
ここで躓いてしまえば、その子は以降の人生すべてで数学を避けることになり、進路の選択肢もかなり制限されてしまいます。
研究者はこうした原因について、子どもの発達・形成期における、脳の興奮と抑制のレベルが学習に関連しているのではないか? という説を考えています。
この作用を持つ神経伝達物質として注目されているのが、GABAとグルタミン酸です。
GABAは主に神経細胞の活動性を低下(抑制)させ、グルタミン酸は神経細胞を活性化(興奮)させる役割をそれぞれ持っています。
この2つの神経伝達物質が学習に作用することは、マウスを使った実験などからわかっていました。
しかし、学校で行う学習とは何十年にもわたって続く複雑なものです。
実験室ベースの動物実験では、具体的にこれが人間の子どもの人生に、どのように作用しているかはほとんどわかっていませんでした。
そこで英国オックスフォード大学のリオ・コーエン・カドシュ(Roi Cohen Kadosh)氏が率いる研究チームは、この問題について数学の学習に焦点を当てて、新しい研究を行いました。
彼のチームが実行したのは、小学生(6歳)から大学生までの255人を対象に、GABAとグルタミン酸の脳内濃度と年齢別の数学的能力を分析するというものでした。
脳の活動を測定している間、参加者には数学の学力検査を受けてもらいます。
そして、同じ参加者に対して1年半後に同様の測定を行い、それぞれの測定値がどう変化しているかを調べたのです。
この縦断的な設計の研究によって、神経伝達物質の濃度が数学能力にどのように関連しているかが調査されたのです。
数学ができる人には特定のパターンがあった
結果、年齢によって2つの異なるプロセスがあることが発見されました。
まず、小学生など若い参加者の場合、左頭頂間溝(IPS)と呼ばれる脳の部分で、高いGABAレベルが確認された場合、数学の成績が高くなることがわかりました。
そして注目すべきは、同じ年代の子どもたちで、このIPSのグルタミン酸レベルが低いと、数学の成績が低下していたということです。
そして、大学生では子どもたちとは逆の結果が現れました。
大学生は、IPSのグルタミン酸レベルが高いほど数学の能力が高く、一方、IPSのGABAレベルが低いと、数学の能力が低下していたのです。
先に述べたように、GABAは抑制を、グルタミン酸は興奮を司っています。
小学生は神経細胞が興奮するほど数学の成績が下がり、抑制されるほど成績が向上していました。
逆に大学生は神経細胞が興奮するほど数学の成績が上がり、抑制されると成績が下がっていたのです。
これは年齢による脳の発達段階によって、神経伝達物質が異なる作用を学習と認知の能力に及ぼしていたことを示しています。
この原因を特定するにはまだ調査が必要ですが、カドシュ氏は次のような仮説を立てています。
「多くの学習や変化を経験する発達に敏感な若い頃には、脳は抑制されることで成績に良い影響を及ぼしている可能性があります。
逆に年齢が高くなると、他の既存の知識と関連付ける必要が出てくるため、脳は活性された方が成績に良い影響を及ぼしているかもしれません」
学習能力を支援するテクノロジー
ドラえもんのような漫画には、のび太のような学習が苦手な子を支援する架空のテクノロジーが登場します。
本を放り込めば内容を脳が暗記できる、というほど極端な道具は難しいかもしれません。
しかし、今回の研究は、学習を支援するテクノロジーについて可能性を提示しています。
今回の研究は、数学の学習が苦手な子どもたちや得意な子どもたちの脳内に起きている原因を特定しています。
研究では、神経細胞の興奮や抑制をコントロールする神経伝達物質の濃度によって明確に、数学の成績が変化し、さらに1年半後の成績についても予想できていました。
それは将来的に、問題となる神経伝達物質の濃度を薬理学や非侵襲的な脳刺激によって改善できれば、彼らの学習能力を大きく改善させ、数学で落ちこぼれることがないようにできるかもしれないのです。
非侵襲的な脳への刺激で、数学能力を大きく改善できるかもしれない 基礎の部分で躓かなければ、将来にわたって数学で苦労することはなくなるかもしれません。
それは子どもたちの将来の選択肢を広げることにもつながっていくでしょう。
いずれ未来では学習能力をテクノロジーが支援してくれるようになり、落ちこぼれの子どもがいなくなることも期待できるかもしれません。
参考文献
WERE YOU BORN WITH A “MATH BRAIN?”
元論文
Predicting learning and achievement using GABA and glutamate concentrations in human development
提供元・ナゾロジー
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