強敵に出会うと強くなるのはウイルスや細菌だけではないようです。
8月27日にアメリカのノースカロライナ大学の研究者たちにより『Science』に掲載された論文によれば、複数のコロナウイルスのmRNAを1つに組み込んだ「キメラワクチン」が開発されたとのこと。
キメラワクチンを接種されたマウスは、新型コロナウイルスだけでなく、2003年に流行を起こした「SARS」やコウモリ、カメなどが媒介する複数のコロナウイルスに対して同時に免疫能力を獲得。
感染しても症状の重症化を防ぐ効果を発揮しました。
キメラワクチンは人類を脅かすコロナウイルスに対して、切り札になりえるのでしょうか?
※本記事で言及しているコロナウイルスは新型コロナウイルスを含む複数のコロナウイルスの総称です。
人類にとって次のパンデミックが分岐点になる
コロナウイルスと人類の戦いはここ数年ではなく、実は20年以上も続いています。
2003年ごろに猛威をふるった「SARS(サーズ)」、2012年ごろから感染者が出始めた「MERS(マーズ)」、そして現在パンデミックを起こしている「新型コロナウイルス」。
これら3種は全て、同じコロナウイルスに属します。
この事実は、そう遠くない未来に、別のコロナウイルスによるパンデミックが起こることを予想させます。
もし現在のパンデミックが収まらないうちに、SARS(致死率10%以上)やMERS(致死率30%以上)を引き起こしたような、致死率が高いウイルスが、人間の体内で新型コロナウイルスと遺伝的に融合した場合、危険な結果になりかねません。
コロナウイルスを35年に渡り研究してきたノースカロライナ大学のラルフバリック氏も、コロナウイルスの融合が致命的な新種をうみだした場合「ハリウッドのホラー映画」のような状況が再現されかねないと述べています。
予想される最悪の状況を避けるには、新型コロナウイルスの封じ込めを行うと同時に、次のパンデミックに備えるワクチンを、あらかじめ準備しておく必要があります。
ですが既存の技術では、全てのコロナウイルス種に対抗するには、種ごとのワクチンショットを行う必要があります。
そこで今回、アメリカのノースカロライナ大学の研究者たちは、複数のコロナウイルスに対して有効な、新たなワクチンの開発を行いました。
研究者たちはいったいどんな方法で、1本のワクチンに複数の効果を持たせたのでしょうか?
キメラワクチンはmRNAのメガ盛りで効果を発揮する
現在、私たちが接種しているモデルナやファイザーのワクチンは、新型コロナウイルスに対抗する効果しかありません。
その理由はワクチンに含まれるmRNAが、新型コロナウイルスに対応するものだけだからです。
ならばと、研究者たちは1本のワクチンに様々なウイルスのmRNAを詰め込む方法を考案しました。
新たに開発されたワクチンは、新型コロナウイルスに加えて、2003年に猛威をふるった「SARS」、コウモリのコロナウイルス(BT-CoVs)、カメのコロナウイルス(SHC014)など、複数のコロナウイルスのmRNAを元に組み立てられました。
もしこれら追加投入されたmRNAが、ファイザーやモデルナのワクチンと同じような効果を持っていれば、1つのワクチンで、複数のウイルスに効果がある極めて汎用性の高いワクチン(キメラワクチン)ができるはずです。
そして、このキメラワクチンを接種していれば、危険なウイルスどうしの融合が起きても、生き残ることが可能になるかもしれません。
研究者たちは早速、キメラワクチンをマウスに投与し、実際にウイルスに感染させて効果があるかを調べました。
その効果、キメラワクチンを注射されたマウスは複数種類のコロナウイルスに対して免疫能力を同時に得て、肺炎の発症を防ぐことに成功したのです。
さらにキメラワクチンには、ワクチンの効果が低いとされている南アフリカの変異株(B.1.351)やイギリスで発見された変異株(B.1.1.7)にも高い効果があることが示されました。
この結果は、複数のウイルスのmRNA(遺伝物質)を組み込まれたキメラワクチンが、未来のパンデミックに対して非常に有効であることを示します。
さらに興味深いことに、カメのコロナウイルスを元に作り出したmRNAには、他のコロナウイルスの広く、中程度の効果があることが判明します。
多種多様なmRNAを含むキメラワクチンを開発したことで、コロナウイルス全体の、思いもよらない弱点が発見されたのかもしれません。
なんにでも効くキメラワクチンは開発されるのか?
今回の研究により、新型コロナウイルスやSARSといった既にパンデミックを起こしたコロナウイルスと同時に、未来のパンデミックにも備える方法が示されました。
まだパンデミックを起こしていないコロナウイルスのmRNAを既存のmRNAワクチンに追加で組み込むことで、現在と未来の両方のリスクを減らすことができるかもしれません。
現在、インフルエンザワクチンなど既存のワクチンを、mRNAワクチンへと更新する作業が世界中の製薬会社によって進められています。
mRNAは製造が比較的容易であり、組み合わせによって追加効果を簡単に付与できるという利点があるため、今後のウイルスとの闘いの主力となっていくでしょう。
またキメラワクチンの技術が成熟すれば、インフルエンザウイルスの全ての型、コロナウイルスの全ての型などに対して、1回の混合ワクチン接種で済むような、便利な未来が来るかもしれません。
参考文献
THE DREAM VACCINE Why stop at just SARS-CoV-2? Vaccines in development aim to protect against many coronaviruses at once
元論文
Chimeric spike mRNA vaccines protect against Sarbecovirus challenge in mice
提供元・ナゾロジー
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