ヴァイオリンの名器ストラディバリウスは、製作から300年以上経過した現在でも、その音色を再現できていません。
アメリカ・テキサスA&M大学(Texas A&M University)に所属する生化学者ジョセフ・ナジヴァリー氏、国立台湾大学(National Taiwan University)化学科に所属するワンチン・タイ氏ら研究チームは、ストラディバリウスの音色の秘密が木材に施された化学処理にあったと発表し、その種類を特定しました。
特殊な化学物質を染み込ませることで、保存と音響の両方に影響を与えていたのです。
研究の詳細は。6月1日付の科学誌『Angewandte Chemie』に掲載されました。
ストラディバリウスの独特な音色は化学薬品から来ていた
「ストラディバリウス」は、「ストラディバリの作品」という意味で、17世紀~18世紀の楽器職人アントニオ・ストラディバリとその息子たちが製作した弦楽器の名前です。
この楽器は、非常に良い音を出すことで有名で、現代でもその音色は再現することができず、何百年も昔の楽器が未だに1千万円以上の値で取引されています。
「グァルネリ」という、アマティのもとでストラディバリの兄弟子だった職人の楽器も、美しい音を響かせることで有名で、ストラディバリウスと同様に高値で取引されています。
これらの楽器の音色の秘密は、未だにわかっておらず多くの研究が続けられています。
約40年前ナジヴァリー氏は、ストラディバリウスやグァルネリの独特の音色が、職人の技術だけでなく、当時防虫剤として利用されていた化学薬品からもたらされていると提唱しました。
そして今回の新しい研究では、それらヴァイオリンに用いられた薬品の種類を特定することに成功しています。
チームは、分光法(光や放射線を利用して物質を調べる方法)、顕微鏡分析、化学的手法を組み合わせてストラディバリウスを分析。
その結果、ホウ砂、硫酸亜鉛、硫酸銅、ミョウバン、塩、石灰水などが処理剤として利用されていたと判明しました。
チームはこれらが使用された目的が、木材の保存とヴァイオリンの音響調整にあったと考えています。
実際、ホウ砂は古代エジプトでミイラ化の際に使用され、後には防虫剤としても利用されたとのこと。
またナジヴァリー氏は、この化学処理について次のように解説しています。
「これらの化学物質の存在は、ヴァイオリン製作者と地元の薬剤師の協力関係を示すものです」
「当時は虫が蔓延していたので、製作者のストラディバリもグァルネリも、木が虫に食われるのを防ぎたかったのでしょう」
ストラディバリウスに施された特殊処理の一端が明らかになる
使用された化学物質は木材の至る所に見られました。
しかも表面だけでなく木材の内部にしっかりと浸透しています。
つまり木材は混合薬品にしばらく浸されてから使用されており、それが楽器の音質に直接影響を与えていたのです。
またナジヴァリー氏は、「今回の研究は、製作者ストラディバリとグァルネリが木材加工法を自分だけのものにしていたことを明らかにしています」と述べました。
彼らは、化学薬品に浸けた木材が特殊な音色を生み出すと気付いていたのです。
しかし当時は特許などないため、方法そのものを秘密にすることで優位性を保とうとしました。
とはいえ、誰もこの秘密処理を肉眼で暴くことができず、結果として秘密にされたまま技術が廃れていったようです。
現在、名器ストラディバリウスやグァルネリは数百本しか残っておらず、1本で数千万円以上の値が付くこともあります。
それらの音色は独特で再現できていませんが、今回の研究で秘密の一端を担う化学物質の正体が明らかになりました。
化学物質の正確な配合とそれが与える音響特性の詳細を知るには、さらなる研究が必要でしょう。
参考文献
The secret of the Stradivari violin confirmed
The World’s Most Famous Violins Were Treated With a Secret Chemical Mix, Study Shows
元論文
Materials Engineering of Violin Soundboards by Stradivari and Guarneri
提供元・ナゾロジー
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