現在使われている材料は、ひび割れたりしても勝手に修復されることはありません。
一方私たちの体は、傷が付けば自然と治癒して元に戻ります。
もし、生きた材料を生み出せればメンテナンスの手間が減り、建築物の寿命を延ばせるかもしれません。
英国インペリアル・カレッジ・ロンドン( Imperial College London, ICL)の研究チームは、そんなバクテリアをベースとした人工生物材料(ELM)を開発したと発表。
この材料はダメージを受けても自分で回復する能力を持っているといいます。
研究の詳細は、科学雑誌『Nature Communications』に8月19日付で発表されています。
自己治癒できる生きた材料
今回研究されているのは人工生体材料(engineered living materials, ELM)と呼ばれる、生物の治癒能力を利用した物質です。
こうした材料が実現されれば、フロントガラスのひび割れ、航空機の胴体の裂け目、道路の凹みなどのダメージを自ら検知して修復するような、メンテンナンスの必要性が少なく、過酷な環境でも長い寿命を保てる建材を生み出すことができます。
研究チームの1人、インペリアル・カレッジ・ロンドンのバイオエンジニアリング学部のトム・エリス教授は次のように述べています。
「これまで私たちは、環境の変化を検知するセンサーを内蔵した生体材料を開発してきました。
今回は、ダメージを検知し、それに対応して自己治癒することができる生体材料を開発しました」
建築物が様々な構造を組み立てるためのモジュール(部品やユニット)から構築されているように、今回の研究は、同じ原理でバクテリアセルロース(BC)をベースとした材料に、モジュールとしての設計を適用しました。
研究チームは、「コマガタエイバクター・レティクス(Komagataeibacter rhaeticus)」というバクテリアを遺伝子操作して、「スフェロイド(spheroids)」と呼ばれる蛍光性の3次元球状の細胞培養物を作りました。
そして、そこに損傷を検知するセンサーを持たせたのです。
スフェロイドはさまざまな形やパターンに配列することが可能で、建材を構築する部品(モジュール)として機能させることができます。
バクテリアセルロース(BC)とは、バクテリアが作る足場のような材料です。
研究チームが、このバクテリアセルロースに穴あけ器で損傷を与え、そこに成長したスフェロイドを挿入し、3日間培養すると、元の外観に復元され構造的にも安定することが示されました。
スフェロイドというモジュール単位で機能する細胞を利用することで、損傷したバクテリアセルロースの外観を保ったまま、構造を修復できたのです。
これは、まさに目指していた自己修復機能を持つ生体材料です。
さまざまな3D形状を形成できる
この材料からはさまざまな可能性を持つ生体材料を作ることができるだろうと、研究者は語ります。
例えば医療に関するタンパク質を分泌する酵母細胞を用いれば、ホルモンや酵素を生成し皮膚の傷を修復してくれる絆創膏のようなフィルムを生成することができます。
また、スフェロイドから作られたパターンは、材料をさまざまな3D形状に成形することを可能にします。
このように生体材料でテトリスのようなブロックや、ノコギリ状のリングなど、さまざまな立体形状を作り出せるのです。
材料は柔軟性があり、相互に接続されているためその形は崩れにくくなっています。
成長した材料は培養に使ったろ紙に張り付くのも確認されたと報告されています。
この研究には米国海軍研究局も出資を行っており、そのサイエンス・ティレクターを務めるパトリック・ローズ博士は次のように述べています。
「生物のシステムを模倣するだけでなく、私たちのニーズに従う材料を生み出すことで、最終的には、問題が目に見える前に素材が自ら考え、システムの故障を防ぎ製品の寿命を延ばすものを最終的に目指したいと述べています」
研究チームは、他の素材(例えば、綿、グラファイト、ゼラチンなど)の特性を持った新しいスフェロイド構成要素を開発し、さらに複雑なデザインを作り出すことを目指していくと述べています。
それは生体フィルターや、移植可能な電子機器など、新しい用途につながる可能性があります。
ゲームなどに登場するような、生物的な材料で作られた気持ちの悪い建物が、そのうち当たり前になったりするのかもしれません。
でも、損傷を勝手に修復してくれるなら、そういう建築物もありかもしれませんね。
提供元・ナゾロジー
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