夢でゾンビを殴っても現実の拳が壁を殴らずに済む理由が解明されました。
12月28日に『The Journal of Neuroscience』に掲載された論文によれば、新たに発見された延髄の抑制回路の存在が、夢の中での動きを現実に出すのを防いでいるとのこと。
この特殊な抑制型回路を上手く制御できれば、フルダイブ型VRで遊んでも、手足を壁にぶつけずにすむでしょう。
しかし、私たちの神経はいったいどんな仕組みで、夢の行動を現実に出さないように遮断しているのでしょうか?
夢で走ってもベッドの上では不動なのはどうして?
夢の中で私たちは走り、飲み、食べ、パンチやキックをくり出し、たまに空を飛びます。
しかし夢の中での行動は、現実の体には反映されません。
一方で、私たちは眠ったまま体が動くという様々な事例を知っています。
近年の研究により、この睡眠時の勝手な体の動きには種類があるとわかってきました。
よく知られている「夢遊病」は、覚醒度が低く深い眠りにあるとき(ノンレム睡眠)に体が動き回ってしまう現象です。
一方で、覚醒度が高い状態(レム睡眠)の動きは、レム睡眠行動障害と言われています。
この2つの決定的な違いは、夢をみているかどうかです。
夢遊病は覚醒度が低いため意識は夢をみていない一方で、レム睡眠時行動障害では、意識は夢を体験しているのです。
意識もなく夢も見ていないにもかかわらず体が動き回ってしまう夢遊病は非常に不気味と言えるでしょう。
しかしながら、危険度ではレム睡眠時行動障害も劣りません。
レム睡眠時行動障害では夢の中の意識と現実の体の動きがつながってしまっています。
そのため夢で走ればベッドの上でも激しく足が動き、パンチをすればふとんから拳が突き出ます。
結果、一緒に寝ている人を傷つけてしまう例も報告されています。
このように「意識・夢・体」にかかわる現象は非常に謎が多く、多くの研究者の興味を引き付けてきました。
ですが残念ながら、現代においても解明には至っていません。
しかし今回、日本の筑波大学の研究者たちによって、レム睡眠時の異常行動にかかわる新たな神経回路が、マウスの延髄(延髄腹内側:VMM)で発見され「意識・夢・体」の関係を説明する、統一理論が示されました。
結果、私たちの体には、自然なVR世界である夢を安全に体験するために、延髄に体の動きを抑制する安全装置が組み込まれていることが判明します。
安全装置は「意識・夢・体」をどのようにつなげ、そして分断していたのでしょうか?
脳と体の間の延髄に抑制装置が存在した
「意識・夢・体」の関係を調べるにあたって、研究者が着目したのは延髄でした。
延髄は夢と意識の本拠地である脳と、現実の体の動きにかかわる運動ニューロンの中間地点にあり、物理的な連結地点の候補としては最適だったからです。
調べるにあたっては、神経のつながりを遮断する効果がある、破傷風毒素が用いられました。
延髄にある様々な区画に対して破傷風毒素を添加し、眠ったマウスの体の動きを観測することで、夢と体の動きに変化があらわれるかを確かめたのです。
結果、延髄腹内側(VMM)にある神経伝達を破壊すると、マウスはレム睡眠時(夢をみているとき)に手足をバタつかせる、レム睡眠行動障害のような症状を起こしました。
この事実は、延髄にある神経回路(VMM)が、夢の世界にいる意識から発せられる行動命令に対して抑制信号を出し、現実世界の手足や顔、舌などの動きを封じていたことを示します(抑制を破壊すると手足が動いたから)。
自然なVR世界である夢を安全に体験するために、動物の体には既に抑制装置が組み込まれていたようです。
一方、興味深いことに、目の筋肉と内臓の筋肉は延髄の回路(VMM)の抑制を受けていませんでした。
これら事実は同じく睡眠障害に分類される「金縛り」との違いを想起させます。
金縛りは意識が一部目覚めている一方で体が動かず、レム睡眠時行動障害は意識が完全に夢の中にあるにもかかわらず、体が動くからです。
さらに今回の研究では、この抑制回路が、レム睡眠全体を制御する脳の区画(下背外側被蓋核:SLD)及び、様々な運動ニューロンと接続されていることが発見されました。
つまり夢世界での動きの封じ込めは「脳(SLD)によるレム睡眠の制御→延髄(VMM)による行動抑制信号の発信→運動ニューロンの抑え込み」という形をとっていたのです。
ですが今回の研究でわかったのは、神経回路のつながりだけではありません。
行動抑制システムは、突発的に眠ってしまうナルコレプシーという難病において特に興味深い、体だけが眠ってしまう症状に関係していたからです。
意識があるのに体だけが眠ってしまう不思議な症状、カタプレキシー
ナルコレプシーは非常に危険な病気です。
症状が出ると突発的に眠ってしまうため、患者が電車や飛行機の運転に携わっている場合、大事故が起きてしまうからです。
しかしナルコレプシーには突発的睡眠以外にも、不思議な症状が知られていました。
感情が高まると(特に喜び)、全身の筋力が失われて脱力する「カタプレキシー」という現象です。
一見すると、睡眠時の行動異常とは関係がなさそうな病気ですが、今回、研究者たちはこのカタプレキシー(突発的脱力)が意識が目覚めているにもかかわらず「体」が突然眠ってしまう、睡眠障害の一種であると仮説をたてました。
仮説を証明するために、研究者たちは人為的にナルコレプシーを発症させたマウスのVMMに破傷風毒素を注いで神経伝達を破壊しました。
もし同じ睡眠障害であるならば、体を眠らせる(行動抑制信号を出す)延髄の神経回路(VMM)を破壊することで、体の睡眠(カタプレキシー)を防ぐことができるはずだからです。
実験を行った結果、ナルコレプシーを発症しているマウスから、カタプレキシーの症状が顕著に減少していることがわかりました。
意識・夢・体の統一理論
今回の研究によって、レム睡眠時における「意識・夢・体」の統一的な解釈が可能になりました。
この解釈を利用することで
意識も夢も失われているのに体が起きてしまうなら夢遊病。
意識が夢の世界にあっても現実の体とつながってしまえばレム睡眠時行動障害。
意識があって夢もみていないにもかかわらず体が眠ってしまうとカタプレキシー。
意識が半覚醒状態で半分夢見の状態であり、加えて体が眠っていれば金縛り。
と明確な説明が可能になります。
また脳と体の中間地点を制御することで、カタプレキシーの発症防止にも成功しました。
研究者たちは、今後も睡眠の研究を続け、ナルコレプシーやレム睡眠時障害を治療する安全な手段を探っていくとのこと。
また「意識・夢・体」の関係解明はフルダイブ型VRの実現に向けて必要不可欠です。
フルダイブ型VRでは意識がVR世界で活動している(あるいみ夢をみている)最中、現実の体は不動のままでいる必要があるからです。
今回の研究によって、現実の体を眠らせるには、延髄にあるごく一部の行動抑制回路(VMM)を活性化すればいいことが判明し、現実に向けた基礎理論の大きなピースがそろいました。
もしかしたらそう遠くない未来に、リアルな異世界旅行が叶うかもしれませんね。
参考文献 eurekalert https://www.eurekalert.org/pub_releases/2021-01/uot-htb011321.php
提供元・ナゾロジー
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