目次

  1. 物体の状態は温度が決めているのではなかった
  2. ムペンバ効果の応用は革命を起こす
お湯が冷水よりも早く凍る「ムペンバ効果」のナゾが解明される!
(画像=お湯が冷たい水より先に凍ってしまう謎に最初に気付いたのはアリストテレスだとされる/Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

point

  • お湯が冷たい水よりも先に凍るムペンバ効果の原因は物理学永遠の謎だった
  • しかし謎は解明され温度のむらが原因だと判明する
  • 温度にむらがあるとき局所的に高温になった物質は低温の分子状態に素早く移行できる
  • ムペンバ効果を現実の熱システムに応用できれば温度革命が起こる

お湯は冷たい水よりも先に凍ります。

この直感に反した不思議な現象について、最初に言及したのは2300年前のアリストテレスでした。

彼は著書において「お湯を早く冷ますには、まず日なたに置くべきである」と記しています。

しかしアリストテレスは「ウナギは泥から発生する」など現代ではとても科学的とは言えない記述も残しており、「お湯を冷ますには温めろ」との言葉も、賢者の世迷言として長い間、忘れられてきました。

しかし1963年にタンザニアに住む13歳の少年、ムペンバ君は、熱い水のほうが冷たい水よりも早く凍ることを発見し、学校で研究成果を発表しました。

はじめは学校中の生徒と先生に笑われた発表でしたが、著名な物理学者がムペンバ君の主張が正しかったことを証明すると流れは一転。

「熱いもののほうが冷たいものより早く凍る現象(ムペンバ効果と命名)」は、物理学における巨大な謎として現在まで君臨し続けていました。

実はアリストテレスによって記録され、ムペンバ少年によって再発見されたこの不思議な現象は、今日に至るまで誰も仕組みを解明することができなかったからです。

しかし今回、カナダのサイモンフレイザー大学の研究者たちにより、長年の謎解明につながる大きな発見がなされ、研究が世界で最も権威ある学術雑誌「Nature」に掲載されました。

いったいどんな仕組みが、熱いモノを冷たいモノよりも早く冷やしていたのでしょうか?

物体の状態は温度が決めているのではなかった

お湯が冷水よりも早く凍る「ムペンバ効果」のナゾが解明される!
(画像=熱く熱したビーズのほうが温いビーズよりも先に冷却される/Credit:nature、『ナゾロジー』より引用)

ムペンバ効果が発見されてから様々な実験が行われてきた結果、熱いモノのほうが冷たいモノより早く冷却するという現象は、水以外にも磁気系、クラスレート水和物、ポリマー、ナノチューブ共振器、量子系、低温ガスなどでも起こることがわかってきました。

そこで研究者らは、水やポリマーよりも遥かに単純なシステムで、ムペンバ効果を再現することができれば、その解明に大きく近づけると考えました。

具体的には、小さなビーズを水分子に見立てて、ビーズをレーザーで熱し、そして水で冷却しすることで、ビーズ内部のエネルギー(電位)が減少していく過程を観察したのです。

結果、ビーズであってもムペンバ効果があらわれることがわかりました。

すなわち、高温に熱したビーズのほうが、低温で熱したビーズよりも早く冷却水の中で冷めることが確認できたのです。

お湯が冷水よりも早く凍る「ムペンバ効果」のナゾが解明される!
(画像=特定の条件(温度のむらの大きさ)では熱いビーズは温いビーズより10倍速く冷める/Credit:nature、『ナゾロジー』より引用)

さらに特定の条件下では、高温のビーズは低温のビーズよりもかなり早く、時には指数関数的な速度で急速冷却されました。

一例を示せば、ある低温のビーズは冷却に20ミリ秒かかった一方で、高温のビーズは同じ温度までの冷却に2ミリ秒しかかかりませんでした。

お湯が冷水よりも早く凍る「ムペンバ効果」のナゾが解明される!
(画像=ビーズ内部の温度のむらが最適な時にムペンバ効果は最大になる/Credit:nature、『ナゾロジー』より引用)

そして研究チームは得られたデータを分析しました。

結果、「熱い物体が冷却されるためにはまず、ぬるくならねばならない」という直感的な常識が、現実世界の「むらのある冷却」においては必ずしも当てはまらないことを発見しました。

そしてこの、むらのある冷却が起きているときには、熱い部分が局所的に、低温にマッチした構造に再配置する現象も発見します。

これは、むらのある冷却において高エネルギー領域は、低エネルギーの分子構造にいち早く変化できる…という近道を使えることを意味します。

研究者はこの奇妙な結果をヒッチハイクに例えました。

すなわち、遠くから出発するヒッチハイカーのほうが条件によっては、近場から出発するヒッチハイカーよりも早く目的地につくことができる現象に似ているとのこと。

この場合、移動しなければならない距離の長さは必ずしも到達時刻を決定せず、様々な要素が絡み合って結果が出ます。

同じように高温から低温への変化も「元の温度」は必ずしも決定要因にはならず、他の要因が介在しているのです。

これら他の要因について研究者は、液体や固体といった物体の状態はそもそもが、複数の内部自由度を持った(複数の要因から構成される)状態の重ね合わせの結果として形成されるものであり、これら見えない他の要因の影響が強く出た場合は、温度が高くても物体は液体から固体へと冷却される…と述べています。

どうやら身近だと思っていた冷却現象は、温度だけで説明がつくような生易しい現象ではなかったようです。

ムペンバ効果の応用は革命を起こす

お湯が冷水よりも早く凍る「ムペンバ効果」のナゾが解明される!
(画像=ムペンバ効果を商用利用できれば日常の温度革命が起こる/Credit:depositphotos1 . depositphotos2、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、ムペンバ効果の基礎現象が解明されました。

その結果、私たちは固体・液体・気体といった相転移が温度だけに依存しないという「新たな常識」を受け入れる準備をしなければならないかもしれません。

というのも、最新の理論では「より冷たいもののほうが早く熱せられる」という逆ムペンバ効果の存在も示唆されはじめるようになったからです。

理科の教科書がややこしくなりそうですが、恩恵もあります。

「より熱いモノが先に冷える」「より冷たいモノが先に熱される」という現象を既存の熱を扱うシステム(エアコンや発電)などに組み込むことができれば、私たちの生活を大きく変える、温度革命が起こるかもしれませんね。

研究内容はカナダ、サイモンフレイザー大学のアビナッシュ・クマール氏らによってまとめられ、8月5日に世界で最も権威ある学術雑誌「Nature」に掲載されました。

Exponentially faster cooling in a colloidal system

提供元・ナゾロジー

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