1980年12月31日の早朝、ミネソタ州・レングビー(Lengby)の町は一面の雪に覆われていました。

ウォーリー・ネルソンという男性は、まだ酔いの残る体を引きずって、自宅のドアを開けました。

すると、玄関の数メートル先に横たわる、全身凍りついた女性を発見したのです。

急いで駆け寄ったところ、それは、昨晩遅くまで一緒に飲んでいた友人の女性、ジーン・ヒリアード(当時、19歳)でした。

これは、40年を経た現在も医学界で語り継がれる”凍結から蘇った女性”の物語です。

目次

  1. 約6時間、極寒の雪道に放置されていた
  2. 「奇跡の蘇り」はなぜ起きたのか?

約6時間、極寒の雪道に放置されていた

ジーンさんは、前夜、ウォーリーさんを含む複数人の友人たちと夜遅くまで遊んでいたという。

その後、ジーンさんは自宅に帰ろうと車を走らせていたところ、人気もない雪道でエンストを起こしてしまったのです。

彼女は車から降り、マイナス30℃の中、友人の助けを呼びに夜道を引き返し始めました。

3キロほど歩いたところで、木の間から、ウォーリーさんの自宅が見えたといいます。

ところが、そこで彼女は何かにつまずいて足を滑らし、頭を強く打って、意識を失ってしまいました。

それから約6時間、ウォーリーさんが見つけてくれるまで、極寒の雪の中に横たわったまま放置されたのです。

ウォーリーさんは後のインタビューで、「見つけたときは目も開いた状態で、全身が完全に凍りついていました。最初はもう手遅れだと思ったのですが、よく見ると、彼女の鼻から泡が膨らんだり、萎んだりしていたのです。

私は急いで彼女を自宅のポーチに滑り込ませ、救急車を呼びました」と振り返ります。

奇跡の復活、「凍結状態から蘇生した女性」の真実
(画像=現在のウォーリーさん、場所はジーンさんを運び込んだポーチ / Credit: MRPNEWS-Frozen. Thawed. Not dead: Jean Hilliard’s amazing Minnesota story(2018)、『ナゾロジー』より 引用)

彼の迅速な対応がなければ、ジーンさんはそのままな亡くなっていたかもしれません。

病院に着いたとき、彼女の体温は、健康な人より10度も低い27度しかなかったという。

明らかに、ジーンさんは「凍結」していました。

顔は灰色に変色し、目も固まっており、皮膚は注射針で刺すことができないほど凍りついていたといいます。

治療を担当したジョージ・サザー医師は「体は冷たく、完全に固まっていて、まるで冷凍庫から出した肉のようでした」と語っています。

ところが、驚くべきことに、ヒーティングパッドで温められたジーンさんの体は、わずか数時間でもとの健康な状態に戻ってしまったのです。

午前中の間に、彼女は痙攣しながら目を覚ましたという。

奇跡の復活、「凍結状態から蘇生した女性」の真実
(画像=奇跡の蘇生を果たしたジーンさん、左右は両親 / Credit: MRPNEWS-Frozen. Thawed. Not dead: Jean Hilliard’s amazing Minnesota story(2018)、『ナゾロジー』より 引用)

昼過ぎには会話もできるようになり、また、足の指に水ぶくれができただけで、体にも後遺症はありませんでした。

彼女はすぐに退院して、冷凍人間になっていたことなど忘れたかのように、普通の日常に戻ることができたのです。

なぜジーンさんは、凍死することなく蘇生できたのでしょうか?

「奇跡の蘇り」はなぜ起きたのか?

ミネソタ大学の救急医学教授であるデビッド・プラマー氏によれば、これと同じケースはきわめて稀ではありますが、時折、報告例があるとのことです。

プラマー氏は、極度の低体温症に陥った患者を蘇生させる専門家で、過去10年間で12件ほど、ジーンさんと同じ症例を扱ったことがあると言います。

プラマー氏の説明では、体温が低下すると、血流が大幅に減少し、体が必要とする酸素量が減っていきます。

これは一種の冬眠のようなもので、体が温まるのと同じ速度で血流が増えれば、自然な回復も可能です。

一方で、水は多くの物質と異なり、液体(水)よりも固体(氷)の方が体積が大きくなります。

この膨張は、寒さにさらされた体の組織にとっては好ましくなく、中身の液体が膨らんで組織が破裂する危険性があるのです。

また、氷の結晶が間違った場所にできてしまうと、細胞膜に針のようなものが突き刺さって、四肢の皮膚や筋肉が黒く変色してしまいます。

これは凍死遺体に必ず見られる現象です。

奇跡の復活、「凍結状態から蘇生した女性」の真実
(画像=地元の新聞に掲載された際の写真 / Credit: MRPNEWS-Frozen. Thawed. Not dead: Jean Hilliard’s amazing Minnesota story(2018)、『ナゾロジー』より 引用)
奇跡の復活、「凍結状態から蘇生した女性」の真実
(画像=後年のジーンさん / Credit: MRPNEWS-Frozen. Thawed. Not dead: Jean Hilliard’s amazing Minnesota story(2018)、『ナゾロジー』より 引用)

しかし、ジーンさんの体がどのようにして凍結に耐えたのかは、外見的な観察以外にはデータがないので、何も分かっていません。

ただ、ジーンさんの場合、完全な「凍結状態」には陥っていなかった可能性が指摘されています。

搬送時の体温は27度で、低いとは言え、氷点下ははるかに上回っていました。

これは、比喩的な「骨の髄まで凍りついた状態」とは、天と地ほどの差があります。

あるいは、ジーンさんの体に何か特別な化学的性質があったのかもしれません。

たとえば、南極の海に暮らす「ブラックフィンアイスフィッシュ(学名:Chaenocephalus aceratus)」は、天然の不凍液のような糖タンパク質を作り出して、体の凍結を防いでいます。

ジーンさんの体がこれと似たような働きをした可能性も指摘されています。

それから、彼女が非常な幸運に恵まれたのも確かでしょう。

ジーンさんはその後、何の健康上の問題もなく、今では1980年のあの夜を思い出すこともないそうです。


参考文献

40 Years Ago, a Woman Famously Survived Being ‘Frozen Solid’. Here’s The Science

Frozen. Thawed. Not dead: Jean Hilliard’s amazing Minnesota story


提供元・ナゾロジー

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