火星は約35億年ほど前は海があったと考えられています。

そのため地球以外に生命がいるのかと考えたとき、まっさきに痕跡を探すべき場所は火星と考えられています。

現在、米国・中国の探査機が相次いで火星に着陸して調査を行っており、いずれも2030年以降に火星のサンプルを地球へ持ち帰る計画を進めています。

日本は「はやぶさ」が世界で初めて小惑星からサンプルを持ち帰るという偉業を達成しましたが、こうした火星調査では出遅れている印象があります。

しかし、実は現在JAXAでは火星衛星フォボスへ探査機を送り、そのサンプルを地球へ持ち帰るというMMX計画が進行中です。

この計画では、探査機の地球帰還予定は2029年で、実現すれば米国・中国の計画に先んじて日本が世界で初めて火星地域のサンプルを地球へ持ち帰ることになります

NASAのMSR計画とJAXAのMMX計画、それぞれが達成しうる成果を比較した論文は、8月13日付けで科学雑誌『Sience』に発表されています。

目次

  1. 火星衛星探査計画「MMX」
  2. 火星衛星フォボスの表面サンプル
  3. フォボスからサンプル回収する利点

火星衛星探査計画「MMX」

日本が「世界初の火星サンプルを持ち帰る」MMX計画が進行中。狙うは「生命の死骸」
(画像=MMX探査機のイメージ(2019年度版) / Credit:JAXA,なぜ火星衛星を探査するのか?、『ナゾロジー』より引用)

現在火星探査では、今年2月に火星へ着陸した米国の探査機パーサヴィアランスが生命の痕跡を調査しており、今年5月には中国の探査機祝融号が火星への着陸に成功しています。

そして、NASAとESAが協同で進める「Mars sample return:MSR(火星サンプルリターン)」計画では、早ければ2031年に火星で回収したサンプルを地球へ持ち帰る予定となっています。

また中国も同様に、2030年まで火星からサンプルを持ち帰ることを計画しています。

米国・中国が相次いで火星着陸の1位、2位を獲得し、火星調査ではリードしています。

日本は、はやぶさが世界で初めて小惑星からのサンプル回収を実現し、サンプルリターンミッションでは世界最先端をリードしていますが、火星調査においては出遅れている印象があります。

しかし、ここに来て日本が世界で一番最初に火星のサンプルを持ち帰る可能性が出てきました。

それが「Martian Moons eXploration:MMX(火星衛星探査)」計画です。

このプロジェクトでは、火星の衛星フォボスへ探査機を送り、その表面から掘り起こされたサンプルを地球へ持ち帰ることが計画されています。

日本が「世界初の火星サンプルを持ち帰る」MMX計画が進行中。狙うは「生命の死骸」
(画像=MMX計画のスケジュール / Credit:JAXA、『ナゾロジー』より引用)

MMXの打ち上げは2024年度が予定されていて、約1年後に火星近傍へ到着。

少なくともフォボスの異なる2カ所へ着陸し、合計10g以上の表層物質サンプル取得を目指しています

はやぶさ2のサンプル取得目標は0.1gだったため、MMXが目指すのはその100倍の量です。(実際はやぶさ2が持ち帰ったサンプルは5g以上だった)

そして2029年に、地球帰還予定となっています。

現在、米国・中国が進めるMSR計画は、それぞれ2031年、2030年が地球帰還予定となっているため、MMX計画が予定通り実現した場合、日本は世界のどこよりも早く1番乗りで火星サンプルを持ち帰ることになります

しかし、なぜ火星衛星フォボスなのでしょう?

衛星の物質を持ち帰って、火星のサンプルになるのでしょうか?

火星衛星フォボスの表面サンプル

最新のコンピュータシミュレーションでは、火星上で発生した無数の少隕石衝突が、火星物質を掘り起こして空高く舞い上げ、火星に一番近い衛星フォボスに降り積もらせていることを示しています。

JAXAの研究者たちは、フォボス表層土の約0.1%は火星由来の物質だと予想しています。

また、この火星サンプルは深い位置から掘り起こされたものや、火星のさまざまな地域のものが含まれる可能性があります

NASAの現在の調査は火星のジェゼロ・クレーターで行われていますが、特定の地域でサンプル回収を進める計画より、MMXは多様な情報を取得できる可能性があるのです。

「火星で太古に化石化した生命の痕跡や、最近まで存在していた生命の死骸やDNAの破片を発見できる可能性もある」、とJAXA宇宙科学研究所の兵頭龍樹博士は述べています。

日本が「世界初の火星サンプルを持ち帰る」MMX計画が進行中。狙うは「生命の死骸」
(画像=火星物質の輸送イメージ / Credit:JAXA、『ナゾロジー』より引用)

火星にはもう1つダイモスという衛星がありますが、ダイモスはフォボスより火星から離れているため、ここまで物質が飛ばされる衝撃では、生命の痕跡などは溶けてしまって発見できないかもしれません。

またダイモスでは、フォボスより火星表層物質の割合は約20倍小さくなってしまいます。

さらに、フォボスの表層からサンプルを回収することには、他にもいくつかの重要な利点があると考えられています。

フォボスからサンプル回収する利点

現在火星の月であるフォボスの起源については、2つの可能性が考えられています。1つはD型小惑星が火星重力に捕獲されて衛星となったという説。

2つ目は、太古に火星に落下した巨大隕石の衝撃によって、吹き飛ばされた破片から形成されたというジャイアントインパクト説です。

日本が「世界初の火星サンプルを持ち帰る」MMX計画が進行中。狙うは「生命の死骸」
(画像=フォボスの起源に関する2つの仮説 / Credit:東京工業大学,火星衛星フォボスとディモスの形成過程を解明―JAXA火星衛星サンプルリターン計画への期待高まる―,画像作成者:黒川宏之(東京工業大学 地球生命研究所)、『ナゾロジー』より引用)

地球の月については、ジャイアントインパクト説が有力ですが、火星のフォボスについては起源を確定させる証拠は見つかっていません。

MMXの持ち帰るサンプルには、もしフォボスの起源がD型小惑星の捕獲だった場合と、ジャイアントインパクトだった場合で、異なる物質が採取されると期待できます。

つまり、MMX計画は火星生命の痕跡だけでなく、フォボスの起源についても迫ることが期待できるのです。

また、現在宇宙からのサンプルリターンについては、未知の微生物を地球へ持ち込む可能性が懸念されていて、探査形態によって分類された惑星保護方針の規定が存在します。

日本が「世界初の火星サンプルを持ち帰る」MMX計画が進行中。狙うは「生命の死骸」
(画像=惑星保護カテゴリと対象天体、探査形態、および惑星保護要求(概要) / Credit:JAXA,宇宙探査と惑星保護 、『ナゾロジー』より引用)

しかし、今回のMMX計画によるサンプルは、衝突滅菌と放射滅菌によって微生物は死滅している状態のため、惑星保護分類に影響を与えることがありません

MMX計画が持ち帰るサンプル中に生きた微生物が存在する確率は、100万分の1以下であり、安全な死骸のサンプルとなるのです。

日本が「世界初の火星サンプルを持ち帰る」MMX計画が進行中。狙うは「生命の死骸」
(画像=フォボスのサンプルに生きた微生物が含まれる可能性は極めて低い / Credit:JAXA,火星衛星探査に向けた国際的な惑星保護方針への貢献について ~日本の研究チームが火星衛星微生物汚染評価に関する科学的研究成果を発表 国際ルール設定へ主導的な役割~、『ナゾロジー』より引用)

これもサンプルリターン計画においては、重要なポイントです。

さらに最新の研究では、フォボス表面から期待できる火星サンプル量が従来見積もりの10~100倍多いという報告もされています。

さまざまな利点を持つMMX計画。

日本は再び、宇宙研究においてもその技術力の高さを世界に示すことができるのでしょうか?

もちろん、こうした計画は単に早さを競い合っているわけではありません。

MSRとMMXは、それぞれに意義があり、2つの計画が連携することで、NASAと日本の研究は互いを補完し合うことが期待できます。

それはもし火星に生命が存在した場合、いつどこで出現し進化していったのか、その疑問につながるヒントが手に入るかもしれません。

参考文献
Japan aims to bring back soil samples from Mars moon by 2029

Japan’s Martian Moons eXploration Mission Will Return a Sample From Mars’ Moon Phobos

新時代を迎える火星生命探査における火星衛星探査計画「MMX」の役割

ミッション概要・ミッションフロー(JAXA)

元論文
Searching for life on Mars and its moons

提供元・ナゾロジー

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