寝転がるだけで、皮膚は敏感になるようです。
6月29日にカナダのマックマスター大学の研究者たちにより『Scientific Reports』に掲載された論文によれば、横になるだけで、脳は外部からの刺激への依存を減らし、触覚に重きを置くようになるとのこと。
私たちは横になることに慣れ過ぎており、多くの人にとって改めて違いを認識することは困難ですが、脳では明らかな変化が起きていたことが実験により判明しました。
いったいどうして横になるだけで、皮膚が敏感になるのでしょうか?
有名な「腕組み実験」を行ったドリームチームが集結
人間の感覚といえば目・耳・鼻・肌・舌による「5感」が有名です。
しかし実は、私たちの耳の奥には「バランス感覚」のための器官(三半規管と前庭)が存在しており、代表的な5感に劣らない真の意味での「第6感」を形成しています。
ですがバランス感覚と他の5感の間の相互作用については、意外なほど研究が進んでいませんでした。
バランス感覚と関連しているのは5感の中でも視覚くらいであるとの考えが主流だったからです。
特に、バランス感覚の変化によって触覚が変動するはずがないと誰もが決め込んでおり、研究分野の盲点となっていました。
しかし、マックマスター大学の研究者たちは違いました。
彼らは人間の触覚についてのエキスパートであり、20年間にわたり、ある有名な現象を研究してきました。その現象とは
「腕を組んでいると手の左右がわかりにくくなる」
というものでした。
人間は、左右の腕を組んで手の位置をあべこべにするだけで、左右のどちらの手を触られたのかという触覚の判断力を、劇的に低下させてしまうのです。
また興味深いことに、目を閉じると判断力が少し回復することも判明します。
視覚が触覚に与えていた影響を遮断することで、より純粋な触覚が得られ、触られた手を正確に判断できるようになったからです。
そんな触覚研究のエキスパートであるマックマスター大学の研究者たちは今回、新たにバランス感覚と触覚の関係解明に挑みました。
今度はいったい、彼らはどんな驚きの結果をみせてくれたのでしょうか?
結論から言えば「人間は横になるだけで皮膚が敏感になる」という驚きの結果でした。
人間は横になるだけで「皮膚が敏感」になっていた
バランス感覚と触覚の関係性を調べるために、研究者たちは「腕組み実験」を活用することにしました。
腕を組んで低下した触覚の判断力を、目を閉じる代わりに、体のバランスを変化させることで回復できれば、バランス感覚と触覚の間に関連性があると判断できます。
実験内容は横になった状態(バランスを崩した状態)で、刺激された手をあてる「腕組み実験」をするだけです。
ですが結果は、非常に興味深いものになりました。
直立した状態と比較して、横になった状態で行った「腕組み実験」の成績は大きく改善したからです。
この結果は、バランス感覚の変化が触覚に対して大きな影響を与えていることを示します。
そうなると、気になってくるのは仕組みです。
なぜ、横になるだけで触覚の判断力が強化され、敏感になっていたのでしょうか?
重力の遮断がより純粋な触覚を与えていた
バランス感覚そのものが遮断されていないのに、なぜ触覚の判断力が強化されたのか?
答えの鍵はバランス感覚をうみだす器官「三半規管と前庭」にありました。
人間のバランス感覚は回転を感知する三半規管と上下と重力を感知する前庭から生じる刺激を組み合わせることで生成されています。
しかし横になると、上下と重力にかかわる情報を発信する前庭からの信号が妨げられ、バランス感覚を構成する情報の一部が抜け落ちた状態になり、バランス情報の信頼性が低下します。
すると体はバランス情報の評価を下げ、触覚情報の相対的な比率を上げることで、より正確な状態の把握を行おうとします。
その結果、触覚の判断力が上昇したのだと、研究者たちは結論しました。
横になることは誰もが行う動作であるため、慣れ過ぎていて変化を確認することは困難でした。
しかし「腕組み実験」というワイルドカードを使うことで、横になることによるバランス感覚の変化とその影響を、浮き彫りにすることができたのです。
他の感覚を奪うごとに皮膚は「敏感」になる
今回の研究により、バランス感覚が触覚と密接な関係を持っていることが判明しました。
横になることは主要な感覚の1つである「バランス感覚」を低下させ、触覚を敏感にしていたのです。
また追加の研究では、横になるのに加えて目を閉じた状態での「腕組み実験」が行われました。
バランス感覚に加えて視覚も遮断した場合、触覚の判断力がより増加すると考えたからです。
結果は予想通り「腕組み実験」の成績はより上昇しました。
どうやら触覚は、他の感覚を遮断するにつれて、より敏感になっていくようです。
ではなぜ、人間の触覚は視覚やバランス感覚と結びついているのでしょうか?
答えは、迅速性を得るためだと考えられます。
触覚だけに頼るより、視覚やバランス感覚と組み合わせることで、より総合的で素早い判断が可能になります。
それが危機の回避や狩りの成功につながり、生存能力を上げることが可能になるのです。
「腕組み実験」が成り立つのは、人類の進化において、左右の腕を交差しなければ生き残れないような場面は少なかったからかもしれません。
研究者たちは今後、バランス感覚をうみだす三半規管と前庭に対する調査を続け、人間の感覚に対する理解を続けていくとのこと。
彼らの研究は次回もきっと、私たちの記憶に残り続けるような興味深いものになるでしょう。
参考文献
Our Brains Perceive Our Environment Differently When We’re Lying Down
元論文
Haptic awareness changes when lying down
提供元・ナゾロジー
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