「こういうのって道徳的にありえないと思うんですけど、どうなんですか?」

そんなニュアンスの投稿がソーシャルメディアには多いなあ、と感じる人がいるとしたら、それは勘違いではありません。

米イェール大学(Yale University)の研究チームは、Twitterなどのソーシャルメディアは「いいね」や「シェア」数を報酬と感じるようユーザーを訓練することで、時間の経過とともに人々がより多くの道徳的怒りを表すよう促進していると報告。

この作用は特に、政治的に中立で穏健な立場にいるユーザーに大きな影響を及ぼしているといいます。

この研究の詳細は、8月13日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。

目次

  1. ソーシャルメディアの報酬
  2. 「いいね!」が増えるとその後の投稿が道徳的な怒りに変化する

ソーシャルメディアの報酬

ソーシャルメディアで「いいね!」が増えた人は「道徳的怒り」をたくさん表現するようになる
(画像=ソーシャルメディアのユーザーはできる限り「イイネ!」をいっぱい集めたい / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

FacebookやTwitter、Instagramなどのソーシャルメディアの利用者は、思想や言動などが過激化していくと推測する研究があります。

こうした研究者たちは、特に人々が道徳的な怒りを表明する頻度があがるのだ、と指摘しています。

道徳的な怒りというのは、社会的に善となる方向へ導こうとする原動力であり、道徳的違反に対する罰を動機づけし、社会的協力を促進し、社会的変化を促進する可能性があるものです。

これは決して悪いことだとはいえないでしょう。

しかし道徳的な怒りは、マイノリティグループへの嫌がらせや、偽情報の拡散、政治的二極化の一因になるという側面もあると研究者は述べています。

そういわれると、たしかにソーシャルメディアには道徳的怒りを表現する人が多いと感じる人もいるかもしれません。

ただ、こうした主張に対する確固たる証拠は不足しています。

実際、人々の発言や考え方がソーシャルメディアによって影響を受け、変化していくことはあり得るのでしょうか?

そこで今回、イェール大学心理学部のモリー・クロケット(Molly Crockett)准教授と、彼女のもとで研究を行うウィリアム・ブレンディ(William Brady)博士をはじめとした研究チームは、その証拠をまとめてみようと、Twitterで道徳的怒りに関連する投稿を追跡できる機械学習ソフトウエアを構築。

このソフトウエアを使い、ヘイトクライムの議論や政治家の公聴会、航空機内での諍いなど、物議を醸した出来事の際に収集された7331人のTwitterユーザーを対象に、彼らのつぶやいた1270万件のツイートを分析しました。

ソーシャルメディアで「いいね!」が増えた人は「道徳的怒り」をたくさん表現するようになる
(画像=1000万を超えるつぶやきを研究は分析した / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

この分析では道徳的怒りを示すツイートについて、次の3つの条件を満たしたものと定義しています。

「個人的な道徳違反に対する反応であること」

「怒りや嫌悪、軽蔑の感情を示していること」

「何らかの非難や説明責任を求める内容を含むこと」

すると、ここからはユーザーの投稿内容の変化に関する明確な傾向が見えてきたのです。

「いいね!」が増えるとその後の投稿が道徳的な怒りに変化する

研究は、「いいね!」や「リツイート」を多く獲得すると、その後の投稿でユーザーはより多くの道徳的な怒りを投稿するようになることを発見しました。

さらにこの傾向は、政治的に穏健なユーザーがもっとも大きいということも明らかになりました。

いわゆる、右とか左とかで分類されるような政治的に極端な傾向にあるユーザーは、もともと道徳的な怒りについて投稿する頻度が高く、また社会的なフィードバックについてあまり気にしていない傾向がありました。

つまり、政治的に極端な人たちは別に「いいね!」の数を意識して、自身の投稿内容を変えようという努力はあまりしないのです。

ソーシャルメディアで「いいね!」が増えた人は「道徳的怒り」をたくさん表現するようになる
(画像=政治的に極端な思想を持つ人は「いいね」の数で投稿傾向は変化しない / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

対して、政治的に穏健で中立な立場のユーザーは、道徳的な怒りを表明することで増える「いいね!」などのフィードバックに非常に敏感で、これが徐々に投稿のスタイルを変化させる傾向にあるとわかったのです。

「このことは、政治的穏健派が、時間の経過とともに政治的に過激化するメカニズムを示唆しています」とクロケット准教授は語ります。

どうやら、ソーシャルメディアの報酬は、道徳的怒りを悪化させる正のフィードバックループを生み出しているようです。

こうした傾向は、小学校などの子供社会を思い返してみても、納得できる部分があるかもしれません。

道徳的に正しい発言をすれば褒められる、ということを学んだ子どもは、他人の不道徳な行動や言動について告発する傾向が強まります。

小学校の学級会では「先生ー、〇〇くんが……」なんて告発合戦がありましたが、こういう行為は道徳的な怒りの表明と見ることができるでしょう。

ソーシャルメディアで「いいね!」が増えた人は「道徳的怒り」をたくさん表現するようになる
(画像=道徳的な問題について話し合い意見を表明する学級会は、ソーシャルメディアと雰囲気が近いのかもしれない / Credit:鹿沼市ホームページ,学級会とは・・・、『ナゾロジー』より引用)

Twitterに見られる道徳的な問題に怒りを投稿する人たちは、まさにそんな学級会のようなメンタリティになっているのかもしれません。

道徳的な問題に怒る投稿をした場合、基本的には多くの人が同意します。

道徳的に正しいことを言っているのだから、それは当然といえるでしょう。

それはソーシャルメディアにおいて報酬となる「いいね!」や「シェア」を集めやすい投稿ということになります。

ユーザーはソーシャルメディアの利用で、次第にそのことを学んでいき、道徳的に怒る投稿を増やしていくのです。

そして、それは「いいね!」さえもらえれば発言内容は割となんでもいい、という政治的にスタンスを持っていない人ほど、影響を受けやすくなります。

今回の研究は、道徳的な怒りの増幅が良いとも悪いとも指摘はしていません。

道徳的な怒りは不正行為を明らかにし、問題を起こした人にはきちんと責任を負わせようという、社会にとってはプラスとなるものです。

ただ、Twitterなどを長時間利用した経験のある人ほど、こうした話題がいかに急速に悪化していくかも実感しているはずです。

ネットではたいていの議論が、ただのしょうもない言い争いに成り下がってしまいます。(ネットに限らないかもしれませんが)

そのため、今回見つかったソーシャルメディアが促進させる人々への傾向が、良いことなのか、悪いことなのかは、現状で指摘することは難しいでしょう。

けれど、今回の研究データはソーシャルメディアの影響について理解し、法整備を検討する立場にある人々には影響を及ぼします。

「道徳的な怒りの増幅は、ユーザーエンゲージメントを最適化するソーシャルメディアのビジネスモデルの明らかな結果です。

道徳的な怒りが社会的および政治的変化に決定的な役割を果たすことを考えると、テクノロジー企業はプラットフォームの設計を通じて、集団運動の成功または失敗に影響を与える能力を持っていることを認識しておく必要があります」

研究者のクロケット准教授はそのように述べています。

提供元・ナゾロジー

参考文献 ‘Likes’ and ‘shares’ teach people to express more outrage online Social Media Is Training Us to Unleash More Moral Outrage And Vitriol, Study Reveals

元論文 How social learning amplifies moral outrage expression in online social networks

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