老化による知的衰退は逆転可能なようです。
12月1日に『eLife』に掲載された論文によれば、細胞がストレスを感知する仕組みを遮断することで、老化現象を逆転して知性と精神の若返りに成功したとのこと。
また実験に使用した若返り薬は、被検体となった老マウスの記憶力や精神的柔軟性、空間認知能力、ニューロンの通電性といった加齢とともに低下する項目を回復させました。
さらに脊髄密度の増加や騒音性難聴の防止、外傷性脳損傷の修復、前立腺がんに対する治療効果まであったとしています。
しかし、ストレスを感知する仕組みを遮断するだけで、なぜ知性や精神まで若返るのでしょうか?
研究者たちの話によれば、鍵となるのは漫画やアニメでお馴染みの「リミッター解除」であるようです。
細胞の安全装置を解除する
老いは避けがたく、脳細胞は時と共に劣化して知力や精神力を減退させ、時計の針を巻き戻す以外に回復することはない…。
かつては誰もがそう思っていました。
しかし今回の研究で、その常識がくつがえります。
契機となったのは、2013年にカリフォルニア大学の研究者によって発見されたISRIB(統合的ストレス応答阻害因子)と呼ばれる小分子でした。
このISRIBには細胞のストレスを遮断し、タンパク質生産能力を増加させる力がありました。
細胞はストレス状態に陥るとタンパク質生産にブレーキをかける安全装置が作動することが知られていましたが、ISRIBはそのブレーキを解除できたのです。
この安全装置は細胞の異常活動を防止するにあたって非常に有効である一方、解除の結果は予測不能でした。
そこで今回、研究者たちはこの「安全装置解除」を、年老いたマウスで実験してみることにしました。
実験対象に老齢のマウスを選んだ理由は、老化の本質はDNAに蓄積したエラーであり、細胞はそれら蓄積したエラーがストレスとなって、タンパク質の生産能力に永続的なブレーキがかけられていると考えたからです。
特に脳における活動ブレーキは、老化特有の記憶力低下や精神力の衰退の主因になりえます。
ですが逆を言えば、安全装置を解放することでタンパク質生産能力にかけられていたブレーキの解除し、若い頃と同じ知力と精神力を取り戻せる可能性があったのです。
老化は可逆的な現象だった
「脳細胞がストレスを感じなくなれば老化に起因するタンパク質生産能力の低下を回避できるのではないか?」
この仮説を証明するため、研究者たちは早速、ISRIBを老マウスに投与し、学習能力と記憶能力をはじめとした各種能力を測定しました。
結果、驚きの事実が判明します。
ISRIBを投与された老マウスたちの学習能力と記憶力が大きく回復したのです。
また解剖を行った結果、脳内で記憶を司る海馬にあるニューロンの神経伝達性(通電性)や接続性も、若返っていたことが判明します。
この事実は、ISRIBによる若返りが細胞レベルで起きていることを示すだけではありません。
薬の投与で若返ったということは、老化による知的・精神的な衰退は一方通行の後戻りできない道ではなく、条件によっては逆転可能であることを意味します。
どうやら老化に起因する知的・精神的劣化は神経回路の崩壊ではなく、神経回路を構成する細胞の質の低下(タンパク質生産量の低下)に主な原因があったようです。
さらに変化は免疫系や再生能力にも及び、損傷した神経が修復され、特定の前立腺がんに対する抵抗性の増加もみられました。
ですがより興味深い結果は、健康な若いマウスに対するものでした。
ISRIBを若いマウスに投与した結果、若いマウスでも知力や精神力の増強がみられたのです。
この事実は、細胞の活動ブレーキは問題があったときだけに働くのではなく、通常時にもある程度機能している調整ベンのような効果があり、解除によって能力のブーストが起きたことを意味します。
リミッター解除の副作用は特になし
今回の研究で、細胞の安全装置の解除が老化したマウスの知力と精神をはじめとした複数の要因を活性化させ、若返ったかのような効果を発揮させることが明らかになりました。
ISRIBは投与後1日で効果を発揮し、一度の投与で3週間以上の効果あることが明らかになっています。
また心配されていた安全装置の解除による影響ですが、実験に使われたマウスたちには目立った副作用はみられなかったとのこと。
現在、ISRIBを用いた抗老化薬の開発は特許を先行取得した製薬会社(Calico)によって製品化が進められており、遠くない未来、製品化すると考えられます。
もしかしたら未来の世界では、ビタミンやミネラルのサプリメントに並んで抗老化薬のサプリが売られているかもしれませんね。
参考文献
neurosciencenews
提供元・ナゾロジー
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