「人の意識は継続的か?それとも離散的か?」という問いは、1500年にわたり脳神経科学者や心理学者、哲学者たちの間で議論されてきました。

この問いに関して、スイス・ローザンヌ工科大学の教授であるミヒャエル・ヘルツォーク氏ら研究チームは、9月3日付けで科学雑誌『Trends in Cognitive Sciences』に新しいモデルを提案しました。

ヘルツォーク氏によると、「無意識の情報処理は継続的であるが、意識は継続的ではない」とのこと。

目次

  1. 継続的な意識と離散的な意識とは?
  2. 意識は遅れて生じる
  3. 無意識の処理は継続的であり、意識は離散的である

継続的な意識と離散的な意識とは?

「意識の継続性と離散性」とはどのような状態を指すのでしょうか?

意識の無い状態は非常に理解しやすいものです。簡単に言うと、それは寝ている時と同じです。人はその時間を知覚しておらず、記憶もありません。

では、起きているときは絶えず意識があるのでしょうか?多くの人は直感的に「そうだ」と考えます。

確かに「いきなり気を失う」とか「次の瞬間、5分も時間が進んでいた」なんてことは健康な人ではありえないので、意識は継続的だと考えるでしょう。

しかし、もっと細かい時間で区切るとどうでしょうか?

例えば0.01秒の間意識が無かったとしても、それに気付く人はいません。その0.01秒の無意識状態が断続的に起こっていたとしても同様でしょう。

人は覚醒していても「意識のONとOFF」が繰り返されているかもしれない!?
(画像=脳のスイッチ / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

つまり「意識が継続的である」とは、「意識が絶えずONの状態」を指し、「意識が離散的である」とは、「意識が長いONと短いOFFを繰り返している状態」を指します。

こうした考えはかなり昔から議論されてきました。特に昔は「意識は継続的」だと考える学者が多かったようですが、現代では「離散的かもしれない」という意見が多くみられます。

確かに、単調で同じ作業を100万回行なうとき、そのすべてを全く同じ意識下で行なうことはないように思えます。慣れがどこかで無意識を与えているかもしれません。

しかし「意識が離散的」というのも非常に怖いものです。避けられない無意識の時間が定期的に訪れているなら、事故は多発し、それが避けられないもののように思えるでしょう。

意識は遅れて生じる

人は覚醒していても「意識のONとOFF」が繰り返されているかもしれない!?
(画像=時間に追われる人 / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

研究チームは、さまざまな実験によって「意識には遅れがある」ことを把握しており、意識の疑問を解決するのに役立つと考えました。

例えばある実験では、参加者にモニターを見てもらい黒い棒を映しました。そしてその棒を消した0.04秒後に同じ棒を映しました。その結果、参加者は2本ではなく「1本の棒を見た」と認識したのです。

また別の実験では、モニターに赤い円盤を0.04秒映し、続いて緑の円盤を0.04秒映しました。これに対し参加者は赤と緑の混合色である「黄色の円盤を1つ見た」と認識したのです。

さらに別の実験では触覚に対する意識の遅延も認められています。この実験では手首と肘を連続して触ると、参加者は腕を線でなぞられているように感じました。

これは脳が手首と肘から得られた信号をその都度意識しているのではなく、2つの信号が送られた後にそれらを合わせて解釈したことを示唆しています。

このような実験の結果は、意識の「遅延」と「信号をまとめて解釈する仕組み」を表しており、意識が継続的ではないと示しているのです。

無意識の処理は継続的であり、意識は離散的である

人は覚醒していても「意識のONとOFF」が繰り返されているかもしれない!?
(画像=気絶しかけている人 / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

意識が継続的でないなら、定期的に訪れる無意識によって大事故が頻発するように思えます。

研究チームはこの点も考慮した上で、新しい「意識の2段階モデル」を提案しました。

ヘルツォーク氏が行った実験と観察によると、「意識的な知覚の前に、無意識の処理期間が長く続いている」とのこと。

つまり、「情報は無意識下で継続的に処理され、処理された情報を離散的に意識する」のです。

このモデルを理解するために、ヘルツォーク氏は自転車の例を挙げています。

人は覚醒していても「意識のONとOFF」が繰り返されているかもしれない!?
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

自転車から急に転落してしまうときには、無意識に受け身を取ろうとするものです。

つまり意識が離散的だからといって、無意識の間に情報が処理されていないわけではないのです。

また、意識と無意識の間隔は一定ではありません。

自転車を漕いでいる時、人は毎秒「あと1m漕げ」と自分に言い聞かせることはないでしょう。無意識のうちに身体を動かしているはずです。

しかし、ある景色が目に映るとそのタイミングで意識し「ここを曲がれ」という指示を身体に出します。

脳は絶えず情報を取り入れ処理しているものの、すべてを意識させているわけではなく、必要なタイミングだけ指示を出しているのです。

確かに「無意識の処理は継続的であり、意識は離散的」に思えますね。

ヘルツォーク氏らの答えは1500年間にわたる「意識は継続的か?それとも離散的か?」という疑問を解決しているように思えます。

またこのモデルが真実であるなら、人と同じ感覚をつくるためには、「処理する情報すべてを意識へと翻訳する必要はない」ことになります。この知識は様々な分野に適応できるかもしれません。

ところで、今回の新しい2段階モデルは「必要な意識とは何か?」「無意識では何ができるのか?」などの新たな疑問を生み出すものであり、ヘルツォーク氏も「それらの疑問についてまだ考慮していません」と述べています。

参考文献
medicalxpress
, forbes

提供元・ナゾロジー

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