目次

  1. 人類はいつ文字を読む能力を獲得したのか
  2. 文字に対するコード生成能力は霊長類で普遍的に保存されている

point

  • 読書脳はもともと物体認識を行う場所だった
  • 読書脳は人間以外の霊長類にも存在し、文字に対してコードを生成している
  • サルの生成する文字コードは人間と非常によく似ている

人間は過去、数千年をかけて読み書きのシステムを開発してきました。

しかし数千年という時間枠は、私たちの脳が読書に特化した新しい領域を進化させるには短すぎます。

そこで一部の研究者は、もともとは別の目的のために使用してきた脳の部位が、読書のために「リサイクル」されて、使用されているのではないかと考えました。

その仮説を検証するため、研究者はサル(マカクサル)の脳に電極を埋め込み、様々な文字を見せ神経活動パターンを記録しました。

結果、全く文字を読む訓練を受けていないサルであっても、特定の形の文字に対応するコードを生成。また、これらのコードを解読することで、サルが見ている文字が意味のある単語か意味のない非単語かを、研究者はコードのみから判断できるようになりました。

このことは、読書に必要な脳機能(コード生成能力)が、人間を含む霊長類全般で保存されていることを意味します。

また、私たち人類がみな単純化された形の組み合わせで文字を表記する原因も、基本となるコード生成能力が、祖先となる共通のサルから引き継がれたからだといいます。

この「種を超えた普遍的な読書脳」ともいえる場所は、いったいどこにあったのでしょうか?

人類はいつ文字を読む能力を獲得したのか

読書を可能にする「読書脳」の存在が確認される。読み書きの基本コードを解明!
(画像=サルに様々な単語と疑似単語をみせて神経活動パターンを記録する/Credit:nature communications、『ナゾロジー』より 引用)

人間に読書を可能にしている脳領域は、人間が文字を開発した瞬間から進化したのではなく、人間になる前、サルの時代から存在していたかもしれない。

この刺激的な仮説は一部の研究者によって熱狂的に支持されており「ニューロン・リサイクル」説と言われています。

ニューロン・リサイクル説を支持する研究は近年になって増え続けています。

MRIを使った文字を見ている時の脳の活動調査では、このいわゆる「読書脳」的役割を果たす部分が、物体の識別を行っている視覚領域(下側頭葉皮質)に存在することが判明しています。

人間は細かい物体の識別能力を、文字を読む能力に転用、あるいは「リサイクル」することで、読書を可能にしているようです。

しかしMRIによる脳活性の調査では、この読書脳が進化におけるどの段階で獲得されたかまでは調べられません。

古典的な解剖学では、同じような脳領域が人間以外の霊長類でも存在することが知られていますが、同じようにみえる脳部位があるとの証拠だけでは読書脳の進化的起源を主張する「ニューロン・リサイクル」説を証明できません。

そこでMIT(マサチューセッツ工科大学)のリシ・ラジャリンガム氏らは文字を読む訓練を受けていないサル(マカクサル)の脳に電極を埋め込み、文字を見せた時に生じる神経回路パターンを記録しました。

読書を可能にする「読書脳」の存在が確認される。読み書きの基本コードを解明!
(画像=サルは意味ある単語(赤)と意味のない疑似単語(青)に対して異なるコードを生成していた/Credit:nature communications、『ナゾロジー』より 引用)

結果、サルは文字を読む訓練を全くしていないにもかかわらず、文字に対して特徴的なコードを生成していることがわかりました。

このコードを機械学習によって解読したところ、驚くべきことに、サルの脳は人間にとって意味のある単語と非単語(疑似単語)では、異なる系統のコードを発していることもわかりました。

また研究者はこのコードを読み解くことで、サルが見ている文字が単語か非単語(疑似単語)かを高い精度で区別することも可能になりました。

以上の事実から、文字認識機能およびコード生成能力は、人間以外の霊長類の間でも広く保存されており、人間以外のサルも読書脳の原型を保持していることを意味します。

つまり人類は読書能力を文字開発にあわせて獲得したのではなく、先祖から受け継いだ物体識別能力とコード生成能力を転用・リサイクルすることで、読書脳を得たことになります。

読書を可能にする「読書脳」の存在が確認される。読み書きの基本コードを解明!
(画像=Credit:ナゾロジー、『ナゾロジー』より 引用)

また研究者はコードの類似性を比較することで、サルは水平反射する文字(bやd)により類似したコードを形成して取り違えやすいのに対して、垂直反射する文字(「b」「p」)にはある種の警告刺激が発せられ、間違いにくいことがわかりました。

これは人間の小さな子供が「b」と「d」を間違い安いのに対して「b」と「p」は間違いにくいことを反映しています。

日本語に例えれば、漢字の左右の部首を逆に書いてしまう人は多くても、上下の部首を逆に書いてしまう人は少ないという事実に例えられるでしょう。

文字に対するコード生成能力は霊長類で普遍的に保存されている

読書を可能にする「読書脳」の存在が確認される。読み書きの基本コードを解明!
(画像=実験のために脳を提供してくれたマカクサル/Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

文字を読む訓練を受けていないサルであっても単語と疑似単語を区別するコードを生成できるという結果は、読書脳の起源を2500万年以上前まで遡らせることが可能になります。

このことは、文字を読む読書脳が人類誕生以前に既に原型があり、人類はその能力をホモサピエンスになってから獲得したのではなく、段階的・漸次的な進化の後に、先祖から継承したことを意味します。

また水平反射と垂直反射の分析から、継承の内容にはコード形式も含まれていたことがわかりました。

文字認識に使われる基本コード形式は、サルから引き継ぎ全ての人類が共有するものだったのです。

このことは、世界中に存在する全ての筆記システムが、基本的かつ単純な形を土台にして、繰り返しや若干の変形によりレパートリーを増やしている理由になると考えられます。

人類の脳はサルから大幅に進歩したようにみえても、神経活動パターン(コード生成能力)などの基礎的な部分までは変化していないのでしょう。

研究内容はMIT(マサチューセッツ工科大学)のリシ・ラジャリンガム氏らによってまとめられ、8月4日に学術雑誌「nature communications」に掲載されました。


The inferior temporal cortex is a potential cortical precursor of orthographic processing in untrained monkeys


reference: sciencedaily / written by katsu

提供元・ナゾロジー

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