バットマンのマントは普段は柔軟性のある生地なのに、硬くなってグライダーとして機能させることができます。
実際そんな剛性を自在に制御できる生地は、再現可能なのでしょうか?
カリフォルニア工科大学(Caltech)の研究チームは、まさにそんな新素材の開発に成功しました。
チェーンメイル(鎖帷子)の構造に触発されて作られたその新素材は、流体のような状態から圧力によって特定の個体形状に変形できるとのこと。
研究の詳細は、8月11日付で科学雑誌『nature』に掲載されています。
硬さと柔らかさの両立
普段柔軟性に富んだ柔らかい状態なのに、とても硬くなる事もできる。
もしそんな素材があれば、普段折りたたんで、必要なときに展開するという持ち運びに非常に便利な道具が作れるでしょう。
しかし、実際それは可能なのでしょうか?
実はそうした仕組みのものはすでに私たちの回りに存在しています。
人によって思い浮かべるものはいろいろと異なるかもしれませんが、今回の研究チームの1人、カリフォルニア工科大学のキアラ・ダライオ氏は次のような例を述べています。
「真空パックされたコーヒーを思い浮かべてみてください。
開封前のこのパッケージは硬くしっかりしています。しかし、1度開封すると、このパックは柔らかくなるはずです」
バックの中のコーヒー豆は本来バラバラに切り離された粒子です。
しかし、圧縮された場合、固体のように振る舞います。
こうした作用をうまく使って柔軟性がありながら、状況によって硬化する材料というものは作成できないかと研究チームは考えたのです。
そして、こうした作用を再現するために、研究チームが参考にしたもう1つの要素が、中世の鎧として有名なチェーンメイルの構造でした。
チェーンメイルをヒントにした新素材
チェーンメイル(鎖帷子)は鉄の輪をつなげて作られた鎧で、中世の騎士などが特に愛用していたものです。
この鎧は武器から受ける衝撃をある程度受け止めるほど十分頑丈ですが、衣類のように着ることができてとても柔軟です。
研究チームはこの構造は利用できる、と考えたのです。
このチェーンメイルの構造に、3次元粒子を配置した場合、圧力がかかると粒子が噛み合って、リラックスさせた状態より硬くなることが予想できます。
研究チームはその形状や、材料に最適なものを見つけるため、複雑な粉粒体モデリングのコンピュータ・シミュレーションを行い、特殊な立体リング(ピラミッドを2つくっつけたようなリンク八面体)をつなげた構造を作りました。
そしてこれをポリマーや金属を使って3Dプリントしてみたのです。
研究チームは、この作成された素材を使って、生地を圧縮した場合とそうでない場合に、どの程度剛性が変わるか重りを落として実験してみました。
その結果は、驚くほど有効なものでした。
重りを受け止める柔らかい素材
これは、何も圧力をかけず素材が詰まっていない状態での衝撃テストです。
ここでは、素材は大きくぐちゃりと曲がってしまいあまり衝撃を受け止めていないのがわかります。
一方こちらは同じ素材で、両端から圧力をかけ内部のリングを噛み合せた場合の衝撃テストです。
同じ重りでもしっかりと受け止め、変形せずに耐えているのがわかります。
これは構造を支えるリンク八面体の粒子間の平均接触回数が多い生地で達成された性質です。
この生地は、実に自重の50倍以上ある1.5kgの負荷まで耐えることができたと報告されています。
この材料は、使い方によっては頑丈な橋として機能させることも可能だといいます。
素材を硬化させるための圧縮方法としては、ワイヤーなどを通してそれを引っ張ることでリングを詰めるという方法が考えられます。
また加熱させると収縮する性質を持つ熱応答性液晶エラストマー(LCE)という材料を埋め込むことで、熱に寄って材料の柔軟性を制御する方法もあるとのこと。
研究者はこれを「ときにグライダーにもなるバットマンのマントみたいな生地」だと話しています。
この新素材は、医療の現場や、仮想現実の物理的感覚を再現する触覚テクノロジーなどに利用できる可能性があります。
また、折りたたんで運べて、十分な耐荷重性を発揮できるこの材料は、宇宙開発などでも活躍する可能性がありそうです。
マントのグライダーは実際には難しいかもしれませんが、大きな可能性を秘めた新素材となりそうです。
参考文献
Material Inspired by Chain Mail Transforms from Flexible to Rigid on Command(Caltech)
元論文
Structured fabrics with tunable mechanical properties
提供元・ナゾロジー
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