糞便移植で脳が若返えるようです。

8月9日にスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者たちにより『Nature Aging』に掲載された論文によれば、若いマウスから老いたマウスに糞便移植を行うと、老いたマウスの認知機能と免疫力が大幅に改善したとのこと。

どうやら脳機能は脳細胞の働きだけで決まるのではなく、腸内細菌の支配も受けているようです。

しかし、いったいどんな仕組みで糞便移植が脳を若返らせていたのでしょうか?

目次

  1. 脳は腸内細菌の支配を受けている
  2. 支配者が変われば脳の働きも変わる
  3. 学習と記憶にかかわる海馬が若返る
  4. 糞便移植は不安も減らす

脳は腸内細菌の支配を受けている

若いマウスの「うんち移植」で老いたマウスの脳が若返ると明らかに
(画像=若いマウスの「うんち移植」で老いたマウスの脳が若返ると判明! / Credit:Canva . ナゾロジー、『ナゾロジー』より 引用)

近年の研究により「腸内細菌叢」の変化が脳機能や性格と密接にかかわっていることが明らかになってきました。

腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)とは多種多様な腸内細菌の集まりのとこです。

例えば、最近行われた研究では、腸内細菌を持たないマウスが「ボッチ」になることが示されると共に、代表的な乳酸菌であるE.フェカリス菌が社交性回復に効果があることが示されています。

腸内細菌が社交性といった複雑な精神機能にまで影響を与えるという結果は、脳と腸の関係が非常に深いことを示します。

そこで今回、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者たちは、脳の老化と腸内細菌の関係を調べることにしました。

実験手法として用いられたのは近年盛んに用いられるようになった「糞便移植」です。

糞便の中は腸内細菌だけでなく、細菌が生息する環境(土壌に相当するもの)も含まれているため、腸内細菌叢を忠実に再現することが可能になります。

早速研究者たちは、若いマウス(生後3~4カ月)から糞便を採取し、老マウス(生後19~20カ月)に移植して認知機能の変化を調べました。

すると、加齢によって損なわれていた老マウスの認知機能(学習・記憶能力)が大幅に改善していることが判明します。

また認知機能の若返り効果は「老マウスの糞便」には存在せず「若いマウスの糞便」のみに存在することも示されました。

どうやら若いマウスの糞便には、脳にカツを入れるような特別な何かが存在するようです。

若いマウスの糞便はどのような仕組みで、老マウスの脳を若返らせていたのでしょうか?

支配者が変われば脳の働きも変わる

若いマウスの「うんち移植」で老いたマウスの脳が若返ると明らかに
(画像=腸内細菌はお助け物質を通して脳の働きに影響を与えている / Credit:Canva . ナゾロジー、『ナゾロジー』より 引用)

若いマウスの糞便がどのようにして老マウスの脳を若返らせていたのか?

謎を解明するため、研究者たちはまず現場である腸内で起きる変化を調べました。

すると、加齢によって変化してしまっていた35種類の代謝物の変化が、若いマウスの糞便により回復していることが判明しました。

特に目を引いたのは「GABA」や「ビタミンA」といった脳の活動を助ける物質の増加です。

これらの脳を助ける物質は血液脳関門を通過する可能性があり、若いマウスの糞便移植が直接的に老マウスの脳に影響を与える要因となっていると考えられます。

さらに腸内細菌の種類を調べたところ、若いマウスの糞便は、老マウスの腸内でエンテロコッカス属が大きく増加していると判明。

エンテロコッカス属は人間の腸内にも生息しており、エンテロコッカス・フェカリス菌(E. faecalis)が全体の95%を占めることが知られています。

フェカリス菌は代表的な乳酸菌として様々な胃腸薬や腸活サプリに含まれています。

そのため研究者たちは、スーパーや薬局で売っているような善玉菌(プロバイオティクス)を摂取することが、脳の老化を逆転させる手段になり得ると考えています。

どうやら脳を支配している腸内細菌が変われば、脳の働き方もかわるようです。

問題はこれらの変化が脳の何処に影響を与えているかです。

学習と記憶にかかわる海馬が若返る

若いマウスの「うんち移植」で老いたマウスの脳が若返ると明らかに
(画像=マウスも人間も海馬は記憶と学習を司る / Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

若いマウスの糞便によって起きた変化は脳のどこに影響を与えているか?

ヒントとなったのは、腸内で起きていた代謝物質の変化でした。

若いマウスの糞便を移植された老マウスの腸内では、脳を助ける物質が増加するだけでなく、プロピオン酸の合成速度や酢酸の分解速度の低下といった、免疫にかかわる物質の代謝も変化していたのです。

そこで研究者たちは、調査ターゲットを免疫と脳の海馬に定めました。

これまでの研究により、腸内細菌叢は免疫を調節する働きがあり、免疫は脳の海馬に影響を与えることが知られていたからです。

分析を行った結果、若いマウスの糞便移植を受けた老マウスでは、免疫能力が強化され、記憶と学習にかかわる脳の海馬の構造が若返っていたことが判明します。

この結果は、若いマウスの糞便移植は脳を助ける物質を直接増加させるだけでなく、免疫システムの強化を通じて、脳の海馬に間接的に働きかけて機能を増強させていたことを示します。

糞便移植は不安も減らす

若いマウスの「うんち移植」で老いたマウスの脳が若返ると明らかに
(画像=高架式十字迷路を使った実験で若いマウスの糞便移植は老マウスの不安を減らす効果があると判明 / Credit:Muromachi、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、若いマウスの糞便を移植が、老マウスの認知機能が若返えらせる仕組みが判明しました。

若いマウスの糞便は老マウスの腸内で腸内細菌叢を変化させ、脳を助ける物質を増産させていました。

また若いマウスの糞便は、免疫能力を強化することで老マウスの海馬に影響を与え、学習や記憶能力を強化していました。

そしてこれらの増強が合わさって、老マウスの認知機能を若返らせていたのです。

また追加の実験では、若いマウスの糞便が、高架式十字迷路の腕部分での老マウスの滞在時間を増やすことが示されました。

高架式十字迷路は上の図のように、左右を壁に守られた落下の危険のない上下の通路と、落下の危険性がある壁無しの腕部分の通路から構成されています。

この迷路にマウスを入れると、不安を強く感じやすいマウスは安全な壁に守られた通路に長くとどまる一方で、不安を感じにくいマウスは壁無しの通路にも長く留まります。

この結果は、若いマウスの糞便移植によって老マウスは不安を感じにくくなっていることを示します。

研究者たちは今後も糞便移植の効果を探索し、脳の若返りを引き起こしている細菌種を詳しく調べていくとのこと。


参考文献
Microbes Turn Back the Clock as Research Discovers Their Potential to Reverse Aging in the Brain

元論文
Young microbiota rejuvenates the aging brain


提供元・ナゾロジー

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