目次

  1. 研究の第一歩は身近な気付き
  2. 2500万年前の忘れ物を2つの実験で炙り出す
  3. 耳周辺の筋肉の動きを感知する指向性スマート補聴器の原理
人は興味のある音を聞くとき「誰でも耳をピクピクできる」と判明! 制御する脳領域が神経化石として残っていた!
(画像=全ての人類は実は耳ピクできる/Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)
point
・一部の人間は2500万年前に失ったはずの耳を動かす能力があることが知られている
・しかし実験を行った結果、耳を動かせない人にも音に反応して耳を動かす機能は残っていた
・耳の周りの筋肉の動きを感知することで指向性スマート補聴器ができる

マンガやアニメのキャラが聞き耳を立てているとき、耳がピクピクと動く描写がよくみられます。

7月3日に「eLife」に掲載された研究では、この耳ピク描写が誇張ではなく、実際に人間の耳で起きていることが明らかにされました。

多くの動物は耳を動かして、新しい音に注意を集中させますが、人間にもこの能力があることが判明したのは今回がはじめてとなります。

人類は高等霊長類に進化した2500万年前に耳を自在に動かす能力を失ってしまいましたが、耳の周りには耳を動かす筋肉の僅かな痕跡が残り続け、制御する脳の領域も「神経化石」(神経学的な化石回路)として存続していたようです。

研究の第一歩は身近な気付き

人は興味のある音を聞くとき「誰でも耳をピクピクできる」と判明! 制御する脳領域が神経化石として残っていた!
(画像=進化のなごりだと思われていた耳介筋には役割があった/Credit:youtube Vox、『ナゾロジー』より引用)

人間を含む高等霊長類の耳は、外見上目立って動きません。

これは2500万年前、人類は高騰霊長類に進化する過程で、耳を動かす能力をほとんど失ってしまったからです。

しかしザールラント大学医学部のシュトラウス氏は、一部の人間が、自分の意思だけで耳をピクピクと動かすことができる点と、耳の周辺にある耳介筋(じかいきん)の存在に目をつけました。

そして、他の多くの「耳動かせない派」の人類も、もしかしたら耳を動かす能力を本質的に残しているのではないか、と考えたのです。

ただ、証明を肉眼だけで行うのは不可能でした。

そこでシュトラウス氏は、証明に筋肉の微弱な活動を測定できる表面筋電図(EMG)を使用する方法を思いついたとのこと。

仮説が正しければ「耳動かせない派」の耳の周りの僅かな筋肉が、周りの音に反応して表面筋電図(EMG)に活動が観測されるはずです。

2500万年前の忘れ物を2つの実験で炙り出す

人は興味のある音を聞くとき「誰でも耳をピクピクできる」と判明! 制御する脳領域が神経化石として残っていた!
(画像=様々な方向から聞こえてくる小さな声を聞こうとすると、耳がピクピクする/Credit:eLife、『ナゾロジー』より引用)

シュトラウス氏は耳の筋肉の動きを測定するにあたり、二つの実験を行いました。

一つ目は、予期しない急な音に対する反射的注意力の観察です。

実験は至ってシンプルで、被験者が単調で静かなテキスト音声を聞いている時に、横でいきなり大きな音を立て、耳の反応を観察しました。

二つ目は、上の図に示すように、積極的な注意力に対する反応です。

こちらも方法はシンプルで、様々な方向のスピーカーから複数の音を長し、そのなかに紛れている短い話を被験者に聞き取らせました。

このように実験方法は非常にわかりやすいものでしたが、得られた結果はシュトラウス氏の仮説を証明するものとなったのです。

どちらの実験でも、耳の周りに痕跡として残る筋肉に不随意運動がみられ、被験者の注意を向けようとする方向に向けて耳を傾けようとしていたことが判明します。

上の動画は、実験を行っているときの耳の動きを高解像度ビデオで録画したものになります。

自分では耳が動かないと思っている人も、実際には僅かに動いているようです。

以上の実験から、人類は2500万年前の分岐以降も、耳の周りに基本的な方向付けを行える筋肉を残すと同時に、動きを制御する脳の区画を「神経化石」(神経学的に化石となった回路)として維持し続けていたことがわかりました。

シュトラウス氏は、耳を動かせる人間がいるのは、この化石になりつつある機能を、他の個体と比べて強く残していたからだと結論します。

耳を動かすことが、2500万年前に化石化した神経回路を再起動させていると考えると、進化の壮大さを感じられる気がしますね。

耳周辺の筋肉の動きを感知する指向性スマート補聴器の原理

人は興味のある音を聞くとき「誰でも耳をピクピクできる」と判明! 制御する脳領域が神経化石として残っていた!
(画像=最も原始的な指向性補聴器。新しい指向性スマート補聴器は意識をむけるだけで集音方向を決められる/Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究成果は学術的な分野に留まりません。

シュトラウス氏は、耳周辺の筋肉の動きを感知することで、ユーザーが注意を向けた方向の音をより集中的に採取・増幅する、スマート補聴器を製造可能だと考えています。

この補聴器の素晴らしい点は、健常者にとってもノイズキャンセラーとして機能する点にあります。

音楽を聴くヘッドフォンなどに搭載された場合は、より強く聞きたい楽器の方向に意識を傾けることで、特定の演奏者の楽器の音を増幅させるなど、娯楽の目的にも使用できます。

耳ピクピクという何気ない現象でさえも、研究者の情熱次第で素晴らしい発明に繋がるというのは、いろいろと考えさせられる事実ですね。

研究内容はドイツ、ザールラント大学のダニエル・J・シュトラウス氏らによってまとめられ、7月3日に学術雑誌「eLife」に掲載されました。


提供元・ナゾロジー

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