上の女性の写真は、左の逆さまの顔は見ていてもさほど違和感を感じませんが、右の正立に直すととたんにひどい表情に見えてしまいます。
実はこの画像、目や口といった顔パーツを逆さまに加工して貼ってあるのです。
こんなに異様な形相なのに、なぜ顔を逆さまにしただけでそのことがわからなくなってしまうのでしょう?
顔パーツを正しく認識できない「サッチャー錯視」
上の画像のモデルさんの本来の顔は、このようなきれいな女性です。
しかし、顔のパーツを逆さにするだけで変な顔、というよりもはやグロテスクな表情になってしまいます。
しかし、画像を逆さにした場合、私たちはそのことに気づけません。
これはサッチャー錯視(英: Thatcher illlusion)と呼ばれています。
この呼称は英国首相のマーガレット・サッチャーが由来で、彼女の写真を使ったときにこの錯視が顕著に確認できたことにちなんでいます。
サッチャー錯視は「顔認識の倒立効果」という心理学的現象としても知られていて、私たちが顔を上下反転して見ると、顔のパーツを正しく認識できていないことを示しています。
他にもサッチャー錯視の例をいくつか見てみましょう。
これらの写真は、見てもそれほど違和感はないと思います。しかし、この写真はどれも口や目が逆さまに加工されています。
これを正立に直すと……
あっと驚くほど極端に印章は変わり、違和感だらけになってしまいます。正直ここまで変な顔になっていたとは、逆さの段階では気づけないでしょう。
なぜ、こんなことが起きるのか? その秘密は私たちの脳の認識方法にあるようです。
脳は顔の認識と、表情や個体認識を別々に行っている
不可思議なサッチャー錯視の原因については、2014年9月10日に科学雑誌『Journal of Neuroscience』に掲載された産総研の論文で説明されています。
顔の認識は脳の側頭葉視覚連合野で行われています。そこではまず、見たものがヒトの顔なのか、あるいはサルや図形による顔なのかということを判断します。
そしてこうした顔認識の神経活動から少し遅れて、脳は個体識別や表情などの分類情報を処理しているのです。
ここで個体や表情の情報処理が遅れる理由は、顔パーツの組み合わせで判断するため処理に時間がかかるからだと考えられます。
そして、この神経活動を顔画像が正立の場合と、倒立の場合で調査したところ、倒立画像では、顔認識の活動は変わらなかったのに、顔パーツの認識では活動が大幅に減少していたのです。
つまり、見たものが顔なのかという判断と、それが誰でどういう表情なのかというパーツ識別の判断は、脳で別々に処理されていたのです。
そして顔の判断は正立、倒立関係なく機能しますが、顔パーツに関する判断は、画像が逆さになるとほとんど機能しなくなってしまうのです。
これがサッチャー錯視の起きる原因です。
このため、もし宇宙空間など無重力の環境で、逆さまの人と対面で会話すると、その人の表情や、それが誰なのかを認識する能力は大きく低下してしまう可能性があります。
私たちは脳の活動を自分で意識してはいませんが、その複雑な処理方法はサッチャー錯視のようなヘンテコ画像を見ることで明らかにできるのです。
参考文献
産総研
提供元・ナゾロジー
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