目次

  1. 19世紀のニューオーリンズを襲った黄熱病
  2. 免疫を持っていることが「社会的特権」に
  3. 「免疫証明書」の発行を計画
免疫の獲得が「社会的特権」になった19世紀の黄熱から学べること
(画像=Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

新型コロナウイルスの影響で、職を失ったり、休業を余儀なくされる人が世界中で増えています。仕事がなければ生活ができませんし、世の中の経済も崩壊しかねません。

その解決策として、「免疫証明書」の発行を計画する国もあります。

これは「免疫を獲得した人をいち早く社会復帰させよう」というものですが、この計画は多くの危険をはらんでいます。

これから説明することは、単なる思考実験ではなく、実際に過去に起きた出来事なのです。

19世紀のニューオーリンズを襲った黄熱病

黄熱病(yellow fever)は、黄熱ウイルスを病原体とする感染症で、主にネッタイシマカ(蚊)により媒介されます。重症患者には黄だんが見られ、致死率は50%を上回ることがありました。

この黄熱病が、1830〜60年代にかけて、アメリカ・ルイジアナ州のニューオーリンズに大流行したのです。

当時は、街の衛生状態も悪く、現代のように医療が発達していなかったことから、感染症の流行や長期化が各地でよく見られました。

免疫を持っていることが「社会的特権」に

しかし問題は、黄熱病の免疫を持っていることが社会的特権になったことでした。

特に移民たちは、職を手に入れるため、あえて黄熱ウイルスに身をさらしたのです。アイザック・H・チャールズという青年が残した手紙があります。

彼は、1847年、兄のディックとともにニューオーリンズに職を求めてやってきました。その際、いとこに向けた手紙の中で、「私とディックが幸いにもこの地に順応できたことをお伝えできるのは、非常に喜ばしいことです」とつづっています。

これは、当時の移民たちが黄熱ウイルスを受け入れて、免疫を獲得しなければならなかったことを示したものです。彼らは、感染者の半数以上が死亡していた危険なウイルスを受け入れることを厭いませんでした。

移民にとって、ウイルスを避けるという選択肢は初めからなかったのです。それは、ニューオーリンズ社会への「順化」であり、 「市民権の洗礼」でした。

免疫がなければ、新参者は住む場所や仕事、妻を見つけるのも無理です。これは地元の労働者にとっても同じことで、免疫獲得は、人種や階級と同じく、社会的地位を意味しました。

免疫の獲得が「社会的特権」になった19世紀の黄熱から学べること
(画像=街を去る富裕層と、それを見送る労働者たち/Credit: theatlantic、『ナゾロジー』より引用)

こうした傾向は、社会に蔓延する不平等を露呈させました。

移民や労働者が、いるだけで危険なニューオーリンズに残り、身を粉にして働いたのに対し、雇い主や富裕層は、黄熱病の流行するシーズンを避けて別の場所に避難していたのです。

それでいて、労働者たちの稼ぎは、安全な場所にいる雇い主たちの懐に入りました。労働者の中には、免疫を手に入れるため、黄熱病で死んだ人に抱きついたという話も残っています。

彼らは、免疫獲得には死ぬ価値があると考えていたのです。

「免疫証明書」の発行を計画

現代の新型コロナウイルスも、これと近い問題をはらんでいます。

そのひとつが「免疫証明書」の発行計画です。

これはイギリスやドイツが進めているもので、新型コロナウイルス感染症から回復した人を特定し、いち早く社会復帰させる目的があります。免疫証明書を持っていれば、ロックダウンから早期に離脱して、仕事を再開できるというのです。

しかし、これには多くの問題があります。

そもそも新型コロナウイルスに免疫があるのかどうかも分かりませんし、抗体検査の正確性も不明です。

ニューオーリンズのように職を得たい人たちが、証明書を偽造する可能性も考えられます。感染したまま社会復帰すればどうなるか、想像するだけでも恐ろしいことです。

また、免疫証明書の発行が実現すれば、免疫獲得のため、新型コロナウイルスに身をさらす人も出てくるでしょう。

このように、現代の新型コロナとニューオーリンズの黄熱病の問題はリンクしています。

ニューオーリンズでは、黄熱ウイルスに身をさらして命を落とした人は数しれません。その二の舞だけは、どうしても避けなければならないのです。

提供元・ナゾロジー

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