
Point
■「ニューヨーク・タイムズ」がアラン・チューリングを追悼する訃報記事を死後半世紀たって掲載
■チューリングが残した偉大な業績は、大戦中の暗号解読や人工知能の発展など多岐にわたる
■同性愛の罪で有罪判決を受け自殺し、死後半世紀以上を経て英政府から公式謝罪を受ける
6月7日はイギリスの天才数学者アラン・チューリング(1912年6月23日~1954年6月7日)の命日である。
チューリングは大戦中の暗号解読やAI分野の先駆者として華々しい業績を誇っているにも関わらず、戦後の政府による扱いは手酷いものだった。
同性愛の容疑(英では1967年まで違法だった)で有罪判決を受け、入獄か化学的去勢かの選択を強要されたのだ。
彼は化学的去勢を選び、性欲を抑える女性ホルモンを投与されたものの、結局自室で自ら命を断った。

そんな彼にニューヨーク・タイムズ誌が今月5日、敬意と追悼の意を込めて、「Overlooked」にチューリングの訃報記事を掲載した。死後半世紀の訃報だった。
「Overlooked」は、死亡記事が載せられないまま見過ごされてきた歴史上の偉人を改めて訃報発表する企画である。
記事の詳細は、6月5日付けで「ニューヨーク・タイムズ」に掲載されている。
Overlooked No More: Alan Turing, Condemned Code Breaker and Computer Visionary
偉大なる変人アラン・チューリング
チューリングが残した偉大な功績の一つに、暗号機エニグマの解読がある。エニグマは第二次大戦中にナチス・ドイツが用いたローター式暗号機で、文字列を入力すれば変換ルールに沿って暗号文に置き換えられるというもの。
ところがチューリングは、当時最強と謳われたこのエニグマを自動で解読してくれる機械を作り上げた。この機械こそ、イギリスを勝利に導く鍵となったのだ。
歴史専門家の中には「チューリングの助力がなければ、戦争はあと数年長引いていただろう」と指摘する者もいる。

暗号解読の作業はイギリスのバッキンガムシャーにある「ブレッチリー・パーク」という邸宅で秘密裏に行われていた。この施設にはチューリング以外にも多くの天才たちが集められ、共同で解読作業に当たっていた。
しかしチューリングは同僚たちの間でかなりの変人として知られていたそうだ。
6月の花粉の時期になるとチューリングはガスマスクをつけて自転車でオフィスに通っていたという。
また彼の自転車は故障しており、チェーンがよく外れていた。ところがチューリングは修理に出すことなく、ペダルをこいだ回数を頭で数え、チェーンが外れるところまで来たら自転車から降りてチェーンを調整したという。
天才と変人は表裏一体なのだろう。
人工知能の父
チューリングは暗号解読だけでなく、人工知能の本格的な始まりを告げた人物としても知られている。それが有名な「チューリング・テスト」である。
以下はある機械がロボットであるか人間であるかを判定するテストだ。

人間の判定者が仕切り越しに、一人の人間と一つの機械とそれぞれに会話を行う。判定結果が音声に影響されないよう、会話はすべて文字だ。
判定者が機械と人間とを区別できなかった場合、機械はチューリング・テストに合格したことになる。
これは「機械が思考できるか」というAIの主要問題を扱ったものとして大きな注目を集めた。現代AIの発展はチューリングの知恵なくしては成し得なかっただろう。
死後半世紀を経て公式に謝罪を受ける
社会への多大な貢献とは裏腹に、チューリングに対する戦後の扱いは惨憺たるものだった。
先述したようにチューリングは同性愛で有罪判決となり、化学的な去勢を受けた。検死の結果、原因は青酸中毒で、側のベッドには食べかけのリンゴが落ちていたという。
知人の話によれば、映画『白雪姫』を観た直後に「魔法の秘薬にリンゴを浸けよう、永遠なる眠りがしみこむように」とチューリングが口にしたという。しかし、リンゴに毒が塗られていたかどうかは分かっていない。

その後、チューリングに対する政府の不当な扱いに対して、英のコンピューター科学者であるジョン・グラハム・カミング氏が2009年に抗議活動を始める。当時カミング氏は「チューリングは国の宝であったにも関わらず、国が彼を死に追いやった」と話している。
結果、政府は抗議を受け入れ、2013年に公式に謝罪が発表された。チューリングの死後からおよそ60年経った後のことだった。
時代は変わる。同性愛は犯罪ではなくなったものの、偏見は残った。しかし今では同性婚を認める地域や、偏見を失くそうという声もあがっている。着々と時代は流れているのだ。
提供元・ナゾロジー
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