Point
■3300年も昔に、ドイツの「トレンス渓谷」を戦場にして、数千単位の軍隊が衝突する大戦争が起きていた
■人骨から戦死者はすべて訓練されたプロの傭兵であり、戦場から数百kmも離れた場所からわざわざ同地に出向いていた
十数年前、ベルリンにほど近い「トレンス渓谷」から1万2000にも及ぶ人骨や武具の断片が発見されました。
このことから、数百〜数千人単位の戦士が衝突した大戦争があったと容易に予測されますが、年代測定によると、戦争が起きたのは3300年も前の青銅器時代に当たるのです。
紀元前13世紀という時代に、なぜこれほど大規模な戦争が起きたのでしょうか?
その理由はずっと謎に包まれていました。
しかし今回、ドイツのLower Saxony State Officeの研究で、新たな事実が発覚しました。研究主任のThomas Terberger氏によると、「戦死者たちは中央ヨーロッパ南部の出身者で、わざわざ数百kmをかけてトレンス渓谷まで遠征していた」というのです。このことは、歴史ミステリー解明への糸口になるかもしれません。
では、遠く離れたトレンス渓谷をわざわざ戦場に選んだ理由とは一体何だったのでしょうか。
人骨は「戦闘用に訓練されたプロの傭兵」だった
人骨や武具は、渓谷の側にあるトレンス川の底に数千年の間、眠っていました。幸いにも、川底の分厚い泥に包まれていたおかげで、遺物や人骨はかなり保存状態が良かったのです。
武具の中には、ブロンズ製のナイフやノミ、長槍の断片や矢じりなどが含まれていました。また、5頭に及ぶ馬の化石片も発見されています。
発見された人骨に子供や女性は含まれておらず、すべて20〜25歳に当たる成人男性のものと判明しています。骨に多くの外傷が見られることから、これらが戦いの犠牲者であることに間違いはないでしょう。
さらに、人骨には治癒した傷の跡も見られることから、戦死者が戦闘用に日頃から訓練されていた傭兵であることが予測されます。
なぜ起きた?「トレンス渓谷の大戦争」
死者数に比べると武具の数は圧倒的に少ないのですが、これは勝者が敗者の武器を戦利品として持ち帰ったことによります。出土した武具は、おそらく戦闘中に川底に落としたことでそのまま今に残ったようです。
そして今回、人骨の歯に含まれるストロンチウム含有量を分析した結果、戦死者にトレンス渓谷周辺の出身者はおらず、同地から数百kmも離れた中央ヨーロッパ南部の出である可能性が高いと判明したのです。
以上の結果は、現代的な通信や移動手段もなかった紀元前13世紀という時代に、大規模な軍隊や移動手段が社会的に組織されていたことを証明しています。
それでも、なぜ古代人がトレンス渓谷を戦場に選び、何を賭けて争ったのかは未だに不明なままです。「トレンス渓谷の大戦争」はなぜ起きたのか、今後の動向を見守りましょう。
提供元・ナゾロジー
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