最近、多くの健康に関する研究が、睡眠時間を増やすことの大きなメリットを報告しています。

実際、睡眠時間を増やすことで、作業効率があがり、感情が安定し、幸福感が増したと感じる人は多いようです。

しかし、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者による共同研究によると、単に睡眠時間を増やすだけではそれらの魅力的な効果は十分に得られないといいます。

研究ではインド、チェンナイの低所得者層を対象とした調査の結果、睡眠時間を増やしても仕事の生産性や収入、幸福感、さらに血圧に至るまで改善は見られず、唯一確認できたのは、労働時間の低下だけだったと報告されています。

重要なのは睡眠の質にあるようです。

この研究の詳細は、学術雑誌『Quarterly Journal of Economics 』に7月8日付で掲載されています。

目次

  1. 落ち着いて眠れない環境
  2. 睡眠の質こそが重要な要因
  3. 心理的なストレスも考慮しなければならない

落ち着いて眠れない環境

今回の研究は、必ずしも睡眠時間が生活のクオリティを向上させる要因ではないことを明らかにしています。

研究の発端は、MITの経済学者フランク・シルバッハ(Frank Schilbach)氏とその同僚たちがインド、チェンナイで行った別の研究でした。

ここではチェンナイの低所得者層の日常的な問題について調査を行っていましたが、その過程で彼らの多くが睡眠においても困難な環境を抱えていることがわかったのです。

貧困層は睡眠時間を増やしても良い効果がないと明らかに
(画像=インドなどの貧困層では、窮屈な人力車の上で寝ている人をよく見かけるという / Credit:pixahive、『ナゾロジー』より引用)

「チェンナイでは、人力車の上で寝ている人をよく見かけます。

4,5人が騒がしい部屋で一緒に寝ていることも多く、高速道路脇の区画の間に寝ている人も見かけます。

夜になっても非常に暑く、蚊もたくさんいて睡眠を妨害するあらゆる有害な要因があるのです」

シルバッハ氏は、チェンナイの貧困層の状況をそのように語っています。

このような状況では人々の睡眠の質は非常に低いため、睡眠時間を増やしても睡眠のメリットは得られない可能性があるのではないか?

研究者たちはそのように考え、今回の睡眠時間の増加と睡眠の質に関するフィールド実験を行うことにしたのです。

研究チームは、チェンナイの住民の協力を得て、彼らにアクチグラフ(体の動きから睡眠状態を推測する腕時計型の装置)を装着してもらい、日常生活を送ってもらう中で、調査を行いました。

多くの睡眠研究では、実験室の環境で人々を観察するため、ここではより現実に即した結果を得ることが期待できます。

研究では、452人の人々を1カ月にわたって調査しました。

実験中は参加した人々に対して、よりよい睡眠をとるためのアドバイスを行い、またより多くの睡眠時間を確保できるよう金銭的な援助も行いました。

また、両グループの一部の人たちには、昼間に昼寝をしてもらい、その効果を調べました。

さらに、実験期間中、参加者には時間の融通がきくデータ入力の仕事を与えることで、睡眠時間と生産性や収入の影響を詳細に把握できるようにしました。

では、結果はどうなったのでしょうか?

睡眠の質こそが重要な要因

今回の研究の参加者は、実験前の睡眠時間は1日平均5時間半でしたが、実験の実施によって1日平均27分睡眠時間が増えました。

しかし、調査の結果、彼らは1日に平均31回も睡眠中に目が覚めていたこともわかり、参加者の睡眠の質が非常に悪いことも明らかとなりました。

ここで顕著なのは、睡眠の効率が著しく悪いということです。

頻繁に目が覚めるため、睡眠は大きく断片化されていて、深い眠りによる回復効果があまり得られていないのです。

貧困層は睡眠時間を増やしても良い効果がないと明らかに
(画像=寝る時間を単純に増やせばいいという問題ではない / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

今回の実験では、参加者の睡眠時間を増やすことができましたが、こうした睡眠の質に関する問題は解決されていません。

結果として、彼らの生産性の向上や幸福感など、睡眠時間から期待されるポジティブな効果はなにも見られなかったのです。

「逆にマイナスの効果が1つありました。

ベッドで過ごす時間が増えれば、他のことに使える時間が減るということです」

シルバッハ氏は研究から得られたデータについて、そのように述べています。

一方で、データ入力作業中に仮眠(昼寝)を許可された被験者たちは、いくつかの測定項目において良好な結果を示しました。

夜の睡眠時間とは対照的に、昼寝は生産性、認知機能、心理的幸福など、さまざまな項目を向上させたのです。

昼寝のこうした効果については、いくつもの明確な証拠を示す研究が他にも存在しています。

昼寝と夜の睡眠は、異なる効果を持っているのです。

ただ、昼寝を採用した被験者は1分あたりの労働生産性を向上させましたが、実働時間は短くなったため、結果的に総収入は昼寝をしなかった労働者と変わりませんでした。

心理的なストレスも考慮しなければならない

貧困層は睡眠時間を増やしても良い効果がないと明らかに
(画像=貧困層はストレスから睡眠の質が低下している可能性もある / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

シルバッハ氏は、貧困層が睡眠に問題を抱える原因として、単純に環境の問題だけでなく心理的な要因も深く理解する必要があると語ります。

「貧困層はストレスが多く、それが睡眠の妨げになっている可能性も十分に考えられます。

環境的要因、心理的要因、それらがどのように睡眠の質に影響するか検討する価値はあるでしょう」

実際のところ、人々の日常生活における睡眠を研究している例はあまりない、とシルバッハ氏はいいます。

インドの貧困層はかなり極端な例ですが、日本の都会に暮らす人々であっても、似たような問題は存在しているでしょう。

騒音の問題や、ストレスなどで、頻繁に目が覚めてしまうなど、睡眠の質を確保できていない人は、単に睡眠時間を長くとるという方法を実行しても、活動時間を制限されるだけになってしまう可能性があります。

貧困層は睡眠時間を増やしても良い効果がないと明らかに
(画像=ゆったりと安眠できる環境を手にすることが大事 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

睡眠の質を向上させることがなによりも重要なことかもしれません。

シルバッハ氏は「人々の生活に目を向けて、もっと睡眠の研究をしてほしい」と今回の研究から得られた結果について、その思いを語っています。

参考文献
A sleep study’s eye-opening findings(MIT News)

元論文
The Economic Consequences of Increasing Sleep Among the Urban Poor*

提供元・ナゾロジー

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