目次

  1. 柔らかい食べ物が歯の構造に変化をもたらした
  2. 知の統合が暴き出した「文化・人体・言語の因果関係」
人間が発する言語音は食事で変化する!文化・人体・言語の因果関係
(画像=Credit: Visualhunt、『ナゾロジー』より引用)

Point
■現在話されている多くの言語に共通して見られる唇歯音は、人類の食生活の変化により比較的最近生まれた
■柔らかい食べ物が多くなった現在、大人になっても上の歯が下の歯よりわずかに前に出た状態が保たれるように
■特にヨーロッパでは、製粉技術などの発展にともない、過去200〜300年間で唇歯音の使用が劇的に増加

人間が発する音は、”m”、”a”といった多くの言語で耳にする音から、南アフリカの言語で聞かれるようなクリック音まで、実に多種多様です。これらの音のバリエーションは、ホモ・サピエンスが登場したおよそ30万年前に確立されたと、一般的には考えられてきました。

チューリッヒ大学(スイス)、マックス・プランク研究所(ドイツ)、リヨン大学(フランス)、南洋理工大学(シンガポール)の国際研究チームが、話し言葉の進化の過程に新たな光を投げかける研究を行いました。彼らによると、現在話されている多くの言語に共通して見られる”f”や”v”などの音は、人類の食生活の変化によって比較的最近生まれたものなのだとか。論文は雑誌「Science」に掲載されています。

Human sound systems are shaped by post-Neolithic changes in bite configuration

柔らかい食べ物が歯の構造に変化をもたらした

かつてヒトの歯は、硬い食べ物を同時に噛むために、上の歯と下の歯がぴったりと噛み合う構造になっていました。子どもの頃は上の歯が下の歯より少し前に出ていますが、大人になるにつれて「若年性の出っ歯」は姿を消すのが普通だったのです。ところが、柔らかい食べ物が多くなった現在、大人になっても上の歯が下の歯よりわずかに前に出た状態が保たれるようになりました。

研究チームによると、この変化こそが、世界中で現在使用されている言語の約半数に見られる「唇歯音」の出現を促したそうです。唇歯音とは読んで字のごとく、下唇を上の歯に触れることで生まれる言語音のこと。”f”や”v”がその例です。上の歯が少し突き出していた方が、下唇を噛みやすいのは当然です。

人間が発する言語音は食事で変化する!文化・人体・言語の因果関係
(画像=Credit: pixabay、『ナゾロジー』より引用)

特にヨーロッパでは、製粉などの食品加工技術の発展にともない、過去200〜300年間で唇歯音の使用が劇的に増加したそう。生物学上の状態が言語音の発達に与える影響は、これまで考えられてきた以上に大きいようです。

知の統合が暴き出した「文化・人体・言語の因果関係」

この研究は、言語学者チャールズ・ホケットが1985年に行った調査に刺激を受けて始まりました。ホケットは、唇歯音をよく用いる言語が、柔らかい食べ物を食べる社会でよく見られることを発見しました。食事と発音の相互関係の裏にあるメカニズムを解明すべく、研究チームは、自然人類学・音声学・歴史言語学などの領域から集めた研究結果・データ・手法を組み合わせることに。まさに、分野の垣根を越えた知の統合でした。

プロジェクトを率いたチューリッヒ大学教授のバルタザール・ビッケル氏は、「私たちが導き出した結果は、文化的慣行・人体の仕組み・言語を結ぶ複雑な因果関係の解明に役立つでしょう」と語っています。同時にこの発見は、「言語は昔も同じように話されていたはずだ」という一般的な考え方に一石を投じることにもなるでしょう。

人間が発する言語音は食事で変化する!文化・人体・言語の因果関係
(画像=Credit: pixabay、『ナゾロジー』より引用)

数千年前の人々は、一体どんな言葉を話していたのでしょう。今回の研究で用いられた新しい手法を用いれば、カエサルがローマの腹心に戦いの勝利を知らせた”Veni, vidi, vici”「来た、見た、勝った」という言葉が、実際には”weni, widi, wici”と発音されたかもしれないことが、明らかになりそうです。

この先、もし私たちがさらに多くの柔らかい食べ物を摂るようになったら、数千年後の人間の歯の構造や話し言葉も様変わりしているかもしれませんね。

提供元・ナゾロジー

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