目次

  1. 髭を剃るとき、何が起きているのか?
  2. 刃を欠けさせる原因
なんで硬い金属のカミソリが、柔らかいヒゲに負けてボロボロになるの?
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

point


  • 人間の髪の毛やヒゲは鋼の50倍柔らかいが、鋼の刃を損傷できることが新たな研究で示された
  • 原因は刃を作る鋼材料の不均一性で、そこに圧力がかかると容易に刃が欠けてしまう
  • 摩耗などが原因ではないため、材料の均一性を保つことでより丈夫なカミソリが作れる

カミソリでヒゲや体毛を剃ったとき、ほんの数回の使用で切れ味がなくなってくることを不思議に思ったことはないでしょうか?

カミソリの刃は、主にステンレス鋼で作られています。刃は鋭く研がれたうえ、ダイヤモンドライクカーボンなどの硬いコーティングまで施されているのです。

しかし、そこまでしても硬いはずのカミソリは、ヒゲ剃りなどで容易にチッピング(刃先が細かく欠ける現象)を起こします。

ヒゲなどの太い毛はそこそこ硬いかもしれませんが、それでも硬質なカミソリの刃を傷つけるほどとは思えません。

なぜ剃毛でカミソリにチッピングが起きるのでしょうか?

この問題に取り組んだMITの研究者は、微視的なレベルでの分析を行い、その原因を明らかにしています。

その研究によると、鋼の50倍近く柔らかい髪の毛でも、特定の条件下で刃を欠けさせてしまうことが可能なのだといいます。

髭を剃るとき、何が起きているのか?

研究を主導したのはMIT(マサチューセッツ工科大学)の材料科学工学科のTasan氏のグループです。

彼らは優れた耐久性を持つ新材料の設計をするため、金属の微細構造を研究しています。そのために、彼らは金属の変形の仕組みをより詳しく知りたいと考えていました。

人間の髪の毛のように非常に柔らかいものを、鋼のような非常に硬いものでカットしたとき、硬い材料が傷つく理由は、とても興味深いテーマだったのです。

研究者の1人Roscioli氏は、予備実験として使い捨てカミソリを使って実際自分の髭を繰り返し剃り、そのたびにカミソリの刃を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影しました。

なんで硬い金属のカミソリが、柔らかいヒゲに負けてボロボロになるの?
(画像=Credit: Gianluca Roscioli、『ナゾロジー』より 引用)

その結果、驚いたことに鋭利な刃には摩耗がほとんど発生していないことが明らかになりました。代わりに、カミソリの刃は特定の領域に沿って欠けていたのです。

刃はどこでも欠けるわけではなく、特定の場所でしか欠けなかったのです。

これは新たな謎を生み出しました。どのような条件でこの欠けは発生するのでしょうか? そして原因はなんなのでしょうか?

刃を欠けさせる原因

Roscioli氏はこの謎を解明するための実験装置を構築しました。

この装置は可動式の台で構成されていて、一方にカミソリの刃を固定し、もう一方に髪の毛を固定します。そしてさまざまな角度と深さを設定して繰り返し剃る行為を模倣します。

この装置は、走査型電子顕微鏡の中に収まるように設計されていて、切断実験をしながら、髪の毛と刃の両方を高解像度で撮影することができます。

Roscioli氏は自分の髪だけでなく、研究室メンバーの髪も集めてさまざまな直径の毛で切断実験を行いました。

なんで硬い金属のカミソリが、柔らかいヒゲに負けてボロボロになるの?
(画像=切断中の刃先に掛かる負荷の測定。/Credit: Gianluca Roscioli、『ナゾロジー』より 引用)

この実験でも、髪の太さに関係なく予備実験と同様の結果が確認できました。刃の欠けは、特定の場所に限られて起きていたのです。

より詳細に実験画像を解析した結果、刃に対して髪の毛が垂直に切断された場合、欠けは発生しないことがわかりました。

では角度をつけて刃が髪の毛に当たった場合はどうなのでしょう?

その場合、切断時に切り屑が発生したのです。さらにそれは刃が髪の毛の側面に当たる場所にもっともよく発生していることがわかりました。

なんで硬い金属のカミソリが、柔らかいヒゲに負けてボロボロになるの?
(画像=Credit: Gianluca Roscioli、『ナゾロジー』より 引用)

どういう状態がこの切り屑を形成しするのか確認するため、研究チームは髪の切断をモデル化し計算シミュレーションを実行しました。

ここで条件として設定したのは、切断角度、切断時にかかる力の方向、そして刃の鋼の組成です。

その結果、鋼の組成が不均一になっている構造の弱い部分に角度をつけて髪が当たったとき、刃が欠けてしまうということがわかったのです。

原因は鋼の組成の不均一にあったのです。この状態だと、材料にマイクロクラック(微小な亀裂)が入ると、加えられた応力の影響が強く出る「応力激化」と呼ばれるメカニズムを示すのだと、研究チームのTasan氏は説明しています。

小さな亀裂は、材料の不均一な構造のために容易にその部分の刃を欠けさせて大きな傷を作ってしまうのです。

シミュレーションの結果は、髪の毛のような柔らかい材料から受ける圧力でさえ、材料の不均一性がその影響を増大させて大きな欠けを生じさせていることを明らかにしたのです。

研究チームはこのことから、基本的な考えとしては、高い硬度を維持しながら、材料の不均一性を減らすことができれば、非常に長持ちするカミソリの刃を作ることができる、と語っています。

彼らはその加工法についても検討がついていて、現在仮特許を申請中です。

近い将来、もっとずっと長持ちする丈夫なカミソリが実現するかもしれません

この研究は、MITの研究チームより発表され、学術雑誌『Science』に8月7日付けで掲載されています。

How hair deforms steel

reference: MIT News

提供元・ナゾロジー

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