他人に「なりきる」体験は、自己理解にとって有用なようです。

オランダのアムステルダム大学の研究者たちによって『Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry』に掲載された論文によれば、ロールプレイを繰り返し行い続けるよりも、立場逆転を含めた「なりきりプレイ」のほうが、正しい自己理解に役立つとのこと。

設定された「お題」に沿って、主人公となって状況を進めていくロールプレイは「クトゥルフ神話」などを題材にしたテーブルトークなどでよく知られています。

今回の研究で設定ではモンスターも神話も出てこない現実世界に即した内容ですが、他人との立場逆転(性別逆転も含む)というヒネリが加えられています。

どうして他人になりきることが、正確な自己理解に役立つのでしょうか?

目次

  1. リアルなロールプレイが秘める精神効果
  2. 立場逆転を盛り込んだ「なりきり」ロールプレイは自己の正しい理解を促す
  3. 自分が演じる別キャラの目で自分をみてみよう

リアルなロールプレイが秘める精神効果

「なりきりロールプレイ」で自己イメージを改善できると明らかに
立場逆転ロールプレイには精神を変質させる大きな効果があった / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

日本で「ロールプレイ」というと、ドラクエやファイナルファンタジーのようなロールプレイングゲームの印象が強いかと思います。

しかし家庭用ゲーム機が普及する前のロールプレイは、人間の進行役を中心にした人間同士の会話によって進行する「テーブルトークゲーム」が主流でした。

同じセリフしか繰り返さないプログラムと違って、人間同士の連携が紡ぐストーリーは、非常にリアルなものとなりえます。

以前から心理療法士たちは、このリアルな人間同士の関係をうみだせる「ロールプレイ」を対人恐怖症などの社交不安障害の治療に転用してきました。

「なりきりロールプレイ」で自己イメージを改善できると明らかに
現実に即したリアルなロールプレイは対人恐怖症などの治療に有効である / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

ロールプレイには他人と上手く会話をできず挙動不審に陥ってしまう人を訓練できる可能性を秘めています。

ロールプレイを用いた治療の結果は良好であり、社交不安障害の治療に大きな成果をあげます。

そのため主に海外では、よりリアルさを実現するために、専門の監督の雇用や大規模な舞台配置、小道具の使用といった大掛かりなロールプレイ治療が行われているそう。

またこれまでの研究により、ロールプレイ体験は健康な人の精神に作用することも知られています。

たとえロールプレイであっても真剣に演じることで、人間の心を変質させてしまう効果があるようです。

しかし、既存のロールプレイを用いた治療には限界があり、社交不安障害者たちの自分に対する負の感情を容易に取り払うことができませんでした。

そこで今回、オランダのアムステルダム大学の研究者たちは、既存のロールプレイを用いた治療に、とある要素を新たに組み込んだのです。

立場逆転を盛り込んだ「なりきり」ロールプレイは自己の正しい理解を促す

「なりきりロールプレイ」で自己イメージを改善できると明らかに
ロールプレイによる治療効果を高めるため立場逆転の要素を追加してみた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

研究者たちがロールプレイを用いた治療に新たに加えた要素とは何か?

答えは、立場の入れ替わり(逆転)でした。

研究者たちはまず、社交不安障害を患う被験者たちに「デート」や「就活面接」など現実を反映する状況でロールプレイをしてもらい、次に立場を入れ替えた状況でロールプレイを続けてもらいました。

立場の入れ替えによって被験者たちは自分自身からデート相手、志願者から面接官に役を写さ「なりきる」ことが要求されます。

また立場が入れ替わった元々のデート相手や面接官は、可能な限り被験者の特徴を真似たロールプレイをするように求められました。

「なりきりロールプレイ」で自己イメージを改善できると明らかに
相手の立場になって自分をみつめることで自分に対する歪んだイメージが矯正された / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

結果、立場逆転を伴うロールプレイを行った被験者たちは、通常のロールプレイを繰り返した被験者たちよりも、自分に対する負のイメージが大幅に改善していたと判明します。

社交不安障害の患者の多くは自分自身に対して過剰に負のイメージを持っていますが、相手の視点を体験することで、自分について抱いていた、歪んだイメージを治すことができたようです。

自分が演じる別キャラの目で自分をみてみよう

「なりきりロールプレイ」で自己イメージを改善できると明らかに
自分が演じる別キャラの目で自分をみてみよう / Credit:Canva(画像=『ナゾロジー』より引用)

今回の研究によって、立場逆転を含むロールプレイが、既存のロールプレイよりも効果的な心理療法になることが示されました。

自分ではない他人になりきって、自分や世界を見直すことは、歪んだ判断力を取り戻すキッカケになっていたのです。

私たち人間は誰もが社会で自分のキャラを演じています。転校や進学、転職によって雰囲気を新たにした「デビュー」もよく行われているでしょう。

これは新たな環境で自分にとって理想に近い新たな自キャラを演じる試みと言えます。

また近年の研究によって、自分を優秀な人材であるかのように演じる試みは、実際に学業や仕事での成績を向上させる効果があることがわかってきました。

これらの結果は、自分に対するイメージは新たな環境や他人の視点といった要因で、簡単に変化し得ることを示します。

他人になりきることで、新たな自分が発見できるかもしれません。


参考文献:

Role-playing a social situation from another’s perspective helps reduce negative self-beliefs among people with social anxiety

元論文

Beneficial Effects of Role Reversal in Comparison to role-playing on negative cognitions about Other’s Judgments for Social Anxiety Disorder


提供元・ナゾロジー

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