VRによる地獄の耐久テストが医学的な進歩をもたらしました。

7月21日、ドイツのリューベック大学の研究者たちにより『Neurology』に掲載された論文によれば、VRジェットコースターを用いた35分間の耐久実験を行った結果、片頭痛患者では脳内の視覚運動野で異常な活性化が起きていたとのこと。

また異常な活性化が大きかった人ほど、めまいや乗り物酔いの症状が強く出ていました。

どうやら片頭痛の原因には、脳内での「異常な情報の処理」がかかわっているようです。

いったいどんな仕組みで情報処理の異常が頭痛を引き起こすのでしょうか?

目次

  1. 片頭痛患者はVR世界のジェットコースターにも酔いやすかった
  2. 片頭痛持ちの人の脳では視覚と運動にかかわる情報の異常な処理が起きていた
  3. 脳内での情報処理の異常が片頭痛の本当の原因かもしれない

片頭痛患者はVR世界のジェットコースターにも酔いやすかった

片頭痛の仕組み解明のため「人をVRジェットコースターに35分間乗せ続けた」研究
VR世界でジェットコースターの耐久レースが開催された / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

現在の日本では、全国民の8.4%が片頭痛を患っています。

また片頭痛患者の70%以上の人々が、痛みが日常生活に支障をもたらすレベルであると回答しています。

しかし片頭痛が発生するメカニズムは詳しくわかっておらず、治療も鎮痛剤の服用や生活習慣の改善など、症状の緩和策に限られているのが現状でした。

一方で、片頭痛持ちの人には頭痛以外にも、乗り物に酔いやすいという、不思議な特性が知られていました。

そこで今回、ドイツのリューベック大学の研究者たちは、片頭痛持ちの人と健康な人の両方を、VR世界のジェットコースターに35分間連続で乗せてみることにしました。

結果、健康な人の30%が乗り物酔いになったのに対し、片頭痛持ちの人の発症率は倍以上の65%にも及びました。

また乗り物酔い状態になった場合、片頭痛持ちの人は健康な人に比べて、症状の強さは2倍、持続時間は3倍近くになりました。

さらに片頭痛持ちの人の40%が、実験後48時間以内に片頭痛の発作が起きていたことが確認されました。

なお実験に参加した患者の1カ月当たりの片頭痛の発生回数は3.7回であり、VRジェットコースター搭乗中の発作回数は0回でした。

この結果は、片頭痛持ちの人は、現実と同じくVR世界でも乗り物に酔いやすく、時間を置いて片頭痛の発作を誘発していることを示します。

ですが、より興味深い違いは脳の活性パターンにありました。

片頭痛持ちの人の脳では視覚と運動にかかわる情報の異常な処理が起きていた

片頭痛の仕組み解明のため「人をVRジェットコースターに35分間乗せ続けた」研究
片頭痛は感覚や運動にかかわる情報処理に異常が起きていた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

今回の研究では、被験者たちをVRジェットコースターで酔わせると同時に、MRIを用いて脳の活性度が調べられていました。

強制的な乗り物酔い状態にすることで、片頭痛持ちの人にだけみられる脳の反応がみられた場合、治療薬のターゲット(活性化や抑制化)になる可能性があるからです。

研究者たちがMRIによる脳の活動を調べたところ、片頭痛持ちの人の脳内では、視覚やバランス感覚、車両運転など感覚的な運動を司る領域(視覚運動野)において異常な活性化がみられました。

また被験者が感じた乗り物酔いレベルが強ければ強いほど、脳の異常な活動のレベルが大きくなる傾向がありました。

一方、興味深いことに、注意力など認識能力にかかわる領域では、活動量の低下がみられました。

この結果は、片頭痛持ちの人の脳内では、視覚や動きにかかわる情報処理や、物事の認識能力に何らかの異常が起きていることを示します。

そしてこの異常な情報処理は乗り物酔いやめまいを生じさせ、時間を置いて頭痛を誘発していたようです。

脳内での情報処理の異常が片頭痛の本当の原因かもしれない

片頭痛の仕組み解明のため「人をVRジェットコースターに35分間乗せ続けた」研究
痛みを抑える頭痛薬ではなく、神経回路の異常を治す薬が出れば片頭痛の根本的な治療薬になるかもしれない / Credit:Canva . ナゾロジー編集部(画像=『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、片頭痛持ちの人は脳内における視覚などの感覚情報処理に異常があり、乗り物酔いのしやすさにつながっていることが示されました。

さらに感覚情報の異常処理が時間をおいて片頭痛の発作を誘発していることも示されます。

また研究では片頭痛患者の脳では活性化だけでなく、注意力など認識能力にかかわる領域において、活動レベルの低下も確認されました。

既存の説では、頭部の神経が刺激されることで、片頭痛が発生すると考えられていましたが、原因はより深い神経回路レベルの異常にありそうです。

片頭痛の前兆として知られている、目の前で光がチカチカしたり、視野の一部が欠けたり、歯車のような存在しないギザギザしたものが現れたりする視覚現象も、もしかしたら感覚情報の異常処理と関連しているのかもしれません。

研究者たちは今回得られたデータが、鎮痛剤とは全く異なる方法で片頭痛の発生を抑制する、新たな治療薬の開発につながると考えています。


参考文献

What Can a Virtual Roller Coaster Ride Teach Us About Migraines?

元論文

Brain Processing of a Visual Self-Motion Study in Patients With Migraine: An fMRI Study


提供元・ナゾロジー

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